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WINDBIRD

ライトノベルネタブログ

むう、あれはまさしくアイデンティティー…

memo

インド・アイデンティ地方で古くから栽培されている高級茶葉の〜〜とかなんとかやろうと思ったけどやめた。


幼い頃から母親に「アイデンティティを確立しないと人は生きていけない」と脅されていたんだけど、この歳になってもアイデンティティが確立された気配がない。というかアイデンティティというものがわからない。「俺はアイデンティティを得たぞ、ジョジョーッ!」ってはっきりとした意思を持って確立するものなんだろうか。それとも「おれは奴の前で階段を登っていたと思ったらいつのまにかアイデンティティを得ていた」みたいに何となく確立するものなんだろうか。


オタク・イズ・デッド」関連で、「いまのオタクはオタクであることをアイデンティティとしている」という話があったのだけど、そういうものなんだろうか。俺は生きているからライトノベルを読んでいるが、ライトノベルを読んでいるから生きているのではないと思う。なんか違うんじゃないかなぁ、と。


たとえば、自分を「青い球」、誰かを「赤い球」とする。みんな、青い球と赤い球は違う、と言う。けれど青い球も赤い球も慣性の法則にしたがって全く同じように転がる。世界はそう作られている。結局、自分と他人なんて表面上の違いしかないんじゃないかと。


そんな自分語りはともかく。


身近な問題として、俺は「mizunotori」と名乗るべきなのか「kazenotori」と名乗るべきなのか分からなくなってきている。というか、「mizunotori=kazenotori」というのは皆さん理解してくださってるのだろうか。たとえばはてなブックマーク - 星ぼしの荒野から - 「今のライトノベル界をどうにかしてくれ」問題、略して今ラ界問題での俺のブクマコメントは、「mizunotori=kazenotori」がわかってないと意味が分からないだろうし。たまにこのブログでやってるセルクマも、分かってない人がいるかもしれないし。


現在のところ、「ウィンドバード」のエントリに言及してくださった人に対してコメントする場合、原則として「kazenotori」を用いている。それ以外の場合は「mizunotori」なのだが、やっぱり現状ではややこしすぎるので、ハンドルネームでも考えようかなぁと思った。


…ハンドルネームなぁ。候補すら思い浮かばねぇよ。


誰か代わりに考えてくれる人はいませんか。募集。