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ライトノベルネタブログ

小説とオタク文化とライトノベルの位置関係


Welcome to S.O.A! - ライトノベルに入門書はいらない?
というトラバがきたので回答を。
あくまで私個人の意見ですのでご注意ください。


ライトノベルに入門してくる人というのは、一般向けの小説から入ってくるか、漫画やアニメなどのオタク文化から入ってくるか、に分かれます。なにも読まずにいきなりライトノベルに入ってくる人というのはかなり少ないのではないかと思われます。


んで。


漫画的なイラストと美術的な絵画は一線を画していますし、アニメと実写ドラマや、エロゲーと普通のゲームでもそれは同様です。たとえばドラゴンボールとモナリザを比べる人はいませんし、Fateとドラクエを比べる人もいません。しかしライトノベルは、小説と強い関係性を持ちつつオタク文化の方向へと進んだコンテンツです。「ハルヒを読むくらいなら夏目漱石を読め」という比較が行われるジャンルなのです。


ライトノベルは小説とオタク文化の中間に位置し、それぞれの影響を受けつつ、双方から独立しています。図にするとこんな感じです。



ライトノベルは、“小説”側からは「あんな軽いの読むくらいなら別のを読むよ」と言われ、“オタク”側からは「俺、長文読めないんだよね」と言われてしまう、いわば出版界のコウモリです。つまり、“小説”側からライトノベルに入ってくる人には「ライトノベルってオタクが萌え萌え言うようなやつだろ?」という先入観が少なからずあり、“オタク”側から入ってくる人には「ライトノベルって読むのが大変そう」という先入観があるのです。


そういった先入観を打破…というか緩和するために入門書が必要なのです。“小説”側の人にはオタク的な要素の少ないライトノベルを用意し、“オタク”側の人には出来るかぎり読みやすいライトノベルを用意すればいいのです。ライトノベルはそのどちらのタイプも用意できる多様性があります。そして、この多様性こそがライトノベルの最大の特徴なのですから。


三階建て理論は、別に四階建てでも五階建てでもいいんですが、要するに、
「『ハルヒ』によって“オタク”側の住人が大量に流れ込んできたから、彼らをもっと奥地へ引きずり込もう!」
という話です。これまでライトノベルを手に取らなかった多くの人たちが手に取ったのだから、『ハルヒ』は十分に「入門書」の役割を果たしていると言えるでしょう。


まあ、「その他の例」の部分はネタ要素たっぷりのお茶目ということで見逃していただければ。