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WINDBIRD

ライトノベルネタブログ

オタクはなぜ「布教」するのか

オタク

「布教」っていうのは、もちろん「あなたはーかみをーしんじまーすかー?」じゃなくて、自分が読んで面白かった本なんかを他人にも勧めることね。


なにか気に入った作品ができたとき、オタクはそれ一つにのめりこむ。広く浅くというより狭く深く、もう魂を捧げる勢いでハマっていく。いわゆる「信者」というやつである。手始めに周囲の人間に「これ面白いよ」と勧め、ネット上でも「これ面白いよ」と勧める。布教用に同じ本をもう一冊買っている人もいるそうだ*1。まさに宗教である。
一方で、布教活動に必死になりすぎて、単なる押しつけになっていることも多い。その必死さが「オタクってきもい」と思われる原因の一つにもなっている。というか、「信者」とか「布教」とかって呼び方には多少の揶揄が含まれているだろうと思う。


なぜ、そこまでしてオタクは「布教」に励むのであろーか。


1.打ち切りを防ぐため
わりとよく使われる主張だけど、現実的に考えて一つのサイトが打ち切りを防ぐほどの読者を動員できるとは思えない。大手サイトがコネを思い切り使っていろいろやったら出来るかもしれないけど。
たとえば2ちゃんねるでは、ジャンプ編集部にアンケートハガキを大量に送る運動をたまにやってるけど、ほとんどの場合は焼け石に水だった*2。個人が同じ本を20冊買ってもネタにしかならないだろうし。
まあ、「少しでも売上げに寄与できたら」くらいの気持ちがあるのは確かだろうと思います。


2.自分がマジョリティであることを確認するため
自分が認めたものを他人にも認めてもらう。それによって自分が認めてもらったような気分になる。そういうのなんていうんだっけ。自己承認? 承認欲求?
よくわかんないけど。
「○○って面白いよねー」というお決まりのセリフは、明らかに「うん、そうだよねー」という返答を求めている。だから「友だちが夏休みの宿題を終わらせてたら嫌だな」レベルの感情は確実にあると思う。


3.自分がマイノリティであることを誇示するため
誰も知らないor誰も買わない作品を褒めて、「他の連中とは一味違う俺様」を気取りたいというやつ。実際、書評サイトなんかでガンガンに推しているのは、売れ筋から外れたマイナーな作品が多い。
でも、これはちょっと意地悪。わざわざ「布教」しなければならないような作品は、世間的にマイナーなことが多いから。メジャーなものだったら布教しても意味がない。
だから俺がマイナーな作品を推すのも決して…その…違うんですよ!? いや、「メジャーだったら意味がない」とか考えてる時点でアレなのか?


で、結局どうなんだろう。
これら様々な感情が合わさってオタクを「布教」へと走らせるのか?
それとも単一の強い「何か」のせいなのだろうか?
他の人の意見も訊いてみたいところですね。


余談みたいなものだけど、以下のエントリ。
『ぼくと魔女式アポカリプス』水瀬葉月 - yu_iの日記 - memoriaグループ
よくわからない人に解説すると、『ぼくと魔女式アポカリプス』は半年以上前に出たライトノベルで、一部の人間にカルト的*3な人気があるような、ちょっとマイナーな作品。そして俺の大好きな作品。
リンク先のエントリを読んだときに、なぜだか、ちょっと嬉しくなってしまった。理屈はどうあれ、好きな作品が広まっていく過程をみるのは、やはり喜ばしいことなのだ。
だからこのエントリを読んでいる貴方も『ぼくと魔女式アポカリプス』とか『ユメ視る猫とカノジョの行方』とか『ソウル・アンダーテイカー』を買ってくださいよろしくおねがいします。


ぼくと魔女式アポカリプス (電撃文庫)

ぼくと魔女式アポカリプス (電撃文庫)

*1:実際にそういう人を見たことはないけど

*2:俺の知らないところで多大なる成功を収めているかもしれないので心当たりがあったら教えてください

*3:というほどではないか