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ライトノベルネタブログ

ライトノベル定義論三大派閥

はじめに

ライトノベル」という呼称の語源については、命名者・神北恵太氏によれば以下のとおりです。

 世の中に「ライトノベル」という言葉がある。1970年代末に始まり、80年代を通じて爆発的に成長した青少年向けの小説ジャンルの総称だ。
 元々なかったジャンルなので、何か言葉が必要だった。
(中略)
 で、結局、そういう言葉は世の中になかったので、「ライトノベル」という言葉を作った。当時シスオペをしていたニフティサーブのSFファンタジー・フォーラムで、ライトノベルを独立した会議室として扱う事になった時に作った。

名付け親だぞ: 神北情報局

関連:「ライトノベル」の定義の狭さについて - Togetterまとめ


ライトノベルの定義」といえばきのこ・たけのこ論争並に不毛な議論として有名です。引用した記事には「1970年代末に始まり、80年代を通じて爆発的に成長した」と書かれていますが、他方「“ライトノベル”という言葉が生まれた90年代以降の作品に限られる」と主張する人もいますし、「ライトノベルの元祖はスレイヤーズだ」という意見もあります。語源ははっきりしているのに定義がはっきりしていないのですね。
そんな「ライトノベルの定義」も、長きに渡る水掛け論の果てに整理されてきたのか、最近では三つの「派閥」が主流になっているように感じられます。
定義論の参考に、それらをまとめてみようというのが、この記事の目的です。


※「長げーよもっと簡潔にまとめろ!」という人にはこちらの記事がオススメです。
ライトノベルの定義を法律の学説っぽくまとめてみる - 三軒茶屋 別館

その1 レーベル派

ライトノベルレーベルから出ているものがライトノベルなのだ!」とする派閥。
ただし、「じゃあライトノベルレーベルの定義って何さ?」というときに、結局は定議論に陥ってしまう諸刃の剣。ソノラマ文庫のような古いレーベル、コバルト文庫などの少女向けレーベル、MW文庫のように対象年齢を高めに設定したレーベル、そしてトクマノベルズEdgeや幻狼ファンタジアノベルスなどの新書サイズのレーベルをライトノベルレーベルに含めるか否かは、意見の分かれるところでしょう*1
一方で、この定義の長所は、「この作品は電撃文庫だからライトノベル」「この作品は講談社ノベルスだから非ライトノベル」というように、境界線をきっちり引くことができる点にあります。「講談社BOXはライトノベルレーベルではないから『化物語』がいくらラノベのように見えてもラノベではないのだ」と言い切れるわけです。
とりあえずライトノベルレーベル=イラスト付きの書き下ろし文庫レーベル」といったあたりで納得している人にとっては分かりやすい定義だと思います。

その2 萌え派

「なんか美少女が出てきて主人公といちゃいちゃしてるのがライトノベルである!」とする派閥。
“萌え”という言葉も定義の曖昧なものであり、印象論に堕してしまいがちではありますが、他の定義があまり「作品の内容」に踏み込んでいないこともあって、ひとつの見方として存在感を示しているのではないかと思います。ちょっと普遍化して言えば「オタクカルチャーに属する小説がライトノベルである」ということであり、これはさらに「漫画やアニメを小説化したものがライトノベルである」という定義にも繋がっていきます。
また、「古くはファンタジーがラノベだった、いまは萌えがラノベである」といったような、年月の経過による定義の変化を唱える人もいます。そこから「その時代の流行に応じて変化する小説群がライトノベルである」といったような定義も、しばしば言われますね。
この定義を採用すると、『源氏物語』に萌えを見出す人にとって、『源氏物語』はライトノベルになるのかもしれません。あるいは「その時代の流行に応じて〜」説を採用すれば、『源氏物語』は昔の作品なのでライトノベルではない、ということになるのかな。いや、平安時代の流行に応じているとも考えられるから…(混乱)

その3 パッケージ派

ライトノベルとはパッケージ手法である!」とする派閥。
近年、勢いを増してきています。ここでいう「パッケージ」とは、単純に表紙や装丁のことだけではなく、もっと広い意味での「商品としての形」を指していると思われます。たとえば「価格の安い文庫書き下ろし形式で刊行されていること」などを「パッケージ」に含める人もいるでしょう。逆に、狭く捉えれば「アニメ調のイラストが付いていればライトノベルということになるのでしょうが。
ある意味では何でもありというか、強弁すればいろいろなものを「パッケージ」に含めることが出来てしまうので、個人的にはちょっとピンと来ない定義ではあります。「ライトノベルとはどんなパッケージなのか?」というところも認識が統一できていないように思えますし。
この定義は作品の内容を無視するものです。「ライトノベル的な内容」というものはありません。たとえば、小畑健の挿絵が付いた『人間失格』は、パッケージ派にとっては(おそらく)ライトノベルに含まれます。逆に、乙一の『GOTH』などは、元はスニーカー文庫の雑誌に掲載されていた作品ですが、ハードカバー+挿絵無しで出ているので非ライトノベルということになると思われます。

その他 ときどき言及されるもののあんまり広まっていない定義

「出版社や作者がライトノベルと名乗っていればライトノベル

一見すると分かりやすい定義ですが、上述したように「ライトノベル」という呼称は読者側から発生したものであるため、その判断を制作側に委ねるのはやや不自然です。また、「軽い小説」という呼称を嫌う作家さんも多いことから、もしこの定義が採用されれば、良くも悪くもライトノベルの領域はぐっと狭くなることでしょう。さらに言えば、業界最大手の電撃文庫が「ライトノベル」という語を使わないことは有名であり、となると電撃文庫の作品はライトノベルではないということになり、これはあまり直観的ではないと思われます。

「ポイント制で決めようぜ」

様々な項目を設定し、それに合致したポイント数で「ライトノベルらしさ」を決めるという定義。定義というか手法。これについてはライトノベル度診断表(Web版)というものが既に用意されており、妥当性も高いと思うのですが、このチェックリストを使って実際にライトノベルかどうかを判定している例を見たことがありません。たぶん超面倒くさいからだと思います。それに「この作品は60%だけライトノベルだ」とかいうのは、やっぱりなんだか変な感じですしね。

余談:自分の見解

宇宙のどこかにライトノベルの「真の定義」が存在していて、ただそれが見つかっていないだけなのか、それとも「真の定義」なんてものは初めから存在していないのか、といえば後者だと思うんですよ。というか仮にあったとして、ここまで見失ってしまっては、いまさら見つけ出すことは不可能に近いでしょう。
つまりライトノベル定義論とは、「ライトノベルの定義とは何か」を探すものではなく、「何をライトノベルの定義とするか」を決めるという政治的な問題なんですよね。よく冗談で「ライトノベルの定義を決める組織を立ち上げればいい」とか言われるんですが、本当に定義論を終わらせるにはそれしかないのかもしれないと思うことがあります。
といって、「政治的でないラノベ定義論」自体に意味が無いわけではありません。だって答えの出ない議論って楽しいじゃないですか。もちろん、それで険悪な雰囲気になるのは勘弁願いたいですが…まあラノベの定義が決まったところで大したメリットもないですから、喧嘩になるほど定義論に真剣な人間もいないのではないでしょうか。たぶん。
これからもみんなで仲良く終わりなきラノベ定義論を繰り広げていければいいなと思います。

*1:例:[http://togetter.com/li/190913:title]