はい、というわけで2010年代のライトノベルを振り返る記事です。
とりあえず
・後知恵で整理された歴史ですよ
・個人の「史観」が入ってますよ
というエクスキューズをしておくのでご了承ください。
では一年ずつ見ていきましょう。
ちなみに「*1」みたいなやつは、だいたい作品の発売年が注記として入っていて、PCならマウスカーソルをあわせるだけで表示されます。スマホは知らん。
2015年
この年のヒット作としては『ようこそ実力至上主義の教室へ』*64と『りゅうおうのおしごと!』*65を挙げておきたい。
『よう実』は、テレビアニメはさほど話題にならなかったものの、若い読者から絶大な支持を受けている。また、先行する『ノゲノラ』やその後の『自称Fランクのお兄さまがゲームで評価される学園の頂点に君臨するそうですよ?』*66などとあわせて、MF文庫J内で「頭脳バトル」系の流れを形成しているようだ。
一方で『りゅうおう』は、ライト層とマニア層のどちらからも根強い人気を得て「このラノ」を連覇したあたり、『俺ガイル』と似た支持のされかたという印象がある。題材としては前作の『のうりん!』*67とあわせて「お仕事もの」「業界もの」の側面があるように思う。
Web小説レーベルとしては「カドカワBOOKS」が2015年10月に創刊され、2015年12月に『蜘蛛ですが、なにか?』が刊行されている。モンスター転生ものとしては『転生したらスライムだった件』*68と並ぶ有名作であり、アニメでもヒットが期待される。
ライト文芸では、「集英社オレンジ文庫」が2015年1月に、「講談社タイガ」が2015年10月に創刊されており、このあたりで主要なプレイヤーが出揃った感がある。オレンジ文庫は少女向けラノベの嚆矢である「コバルト文庫」の姉妹レーベルであり、講談社タイガは日本の推理文壇において存在感を発揮してきた「講談社ノベルス」の兄弟レーベルであるが、それぞれ兄姉が活動を弱めているので実質的な後継レーベルになりつつある。
『紅霞後宮物語』*69は「なろう」発の中華ファンタジーだが、富士見L文庫でヒットしたことで、同じく「なろう」発の『薬屋のひとりごと』*70とあわせて、女性向けライト文芸における中華ファンタジー人気を引き上げた感がある(もともと少女向けラノベでは『十二国記』*71『彩雲国物語』*72など中華ファンタジーが人気ではあったが)。
そういえば、女性人気の高さで共通する『本好きの下剋上』*73の発売も、悪役令嬢もので初めてアニメ化される『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』*74の発売もこの年である。
さらには、ライト文芸において『ぼく明日』とならぶ大ヒット作である『君の膵臓をたべたい』*75も発売されている。こちらも「なろう」発である。『キミスイ』によって「なろうはファンタジーだけではない」といった気運が生まれ、青春恋愛ものの書籍化が増加していった。「なろう」の女性向け作品にとっては2015年がターニングポイントになるのかもしれない。
アニメでは『冴えカノ』『ダンまち』『オバロ』などが放送されて人気を博した。これで2012年〜2013年ごろの「既存のラノベレーベルがいちはやく人気のWeb小説を確保した」時期の作品がアニメにまで伝播したことになる。
2016年
2010年代後半の傾向はずばり「ラブコメの復活」である。
前年の『ゲーマーズ!』*76『妹さえいればいい。』*77に引き続き、この2016年には『俺を好きなのはお前だけかよ』*78『弱キャラ友崎くん』*79『29とJK』*80『俺が好きなのは妹だけど妹じゃない』*81『友人キャラは大変ですか?』*82などが好評を博し、ラブコメ復活の前兆として捉えられたりした。
特に『俺を好きなのはお前だけかよ』や『弱キャラ友崎くん』は、なろう作品に押され気味だった新人賞出身の作品としても期待を集めた感がある。とはいえ本格的にラブコメが勢いを取り戻すのは2018年ごろということになるだろう。
アニメでは『この素晴らしい世界に祝福を!』*83と『Re:ゼロから始める異世界生活』*84が相次いでヒットを飛ばした。実はいわゆる「転生チート*85」を扱ったアニメは『このすば』が初めてなので、わりと重要なマイルストーンでもある。
前年放送の『オバロ』『ダンまち』とあわせて、Web発の作品が連続でヒットしたことで、「アニメでもいけるやん!」という空気になった(んじゃないかな)。
その他のトピックスとしては、2016年2月にKADOKAWAの小説投稿サイト「カクヨム」がオープンしたことが挙げられる。前述のアルファポリス・ダイジェスト騒動も2016年である。この頃から各出版社が自前の小説投稿サイトを抱えて積極的に作品発掘にいそしむようになっていった。
「出版社は『なろう』のランキングを上から順に書籍化しているだけ」なんて揶揄されることもあるが、現在の小説投稿サイトは「常設の新人賞」とでもみなすべきで、出版社はそこでさまざまなコンテストを開催したり、作品発掘用の人員を配置したりすることで、次にヒットしそうな作品を掬い上げることに注力しているように感じられる。
たとえばカクヨムは、当初から『横浜駅SF』*86や『ひとりぼっちのソユーズ』*87のようなSF、あるいは『おにぎりスタッバー』*88『佐伯さんと、ひとつ屋根の下』*89『スーパーカブ』*90などの青春もの・青春ラブコメを積極的に書籍化しており、小説投稿サイトとして「なろう」との差別化を図ると同時に、出版社の意識としても「流行っているものを書籍化する」から「自分たちが求めているものを探し出して書籍化する」に変わってきたように思う。
もちろん、この間に「なろう」のほうも随分と様変わりしている。特に2016年のジャンル変更で「異世界転生/転移」が区別された影響が大きいと言われているが、「転生/転移」を伴わない「現地主人公」および「パーティ追放もの」が流行ったり、現代世界にダンジョンが出現する「現代ダンジョンもの」が増えたりしている。
みんないろいろ頑張ってるんだなあ、ということである。
2017年
これ以降は、どの作品もまだ評価が定まっていないこともあり、さらに胡乱な話が多くなるのでよろしく。
『86-エイティシックス-』*91のスマッシュヒットは、新人賞に漂っていた閉塞感を吹き飛ばしたように思う。電撃小説大賞からは翌年も『錆食いビスコ』*92のような話題作が出ており絶好調といった感じだ。
このあたりから「なろう」ブームが落ち着いて、と言っても衰退したというよりは「定着した」「滑空に入った」という感じだが、「次のトレンドは何だろう?」と囁かれるようになった気がする。ラブコメもそうした流れから出てきたものだろう。
「コミカライズ」の増加が取り沙汰されるようになったのもこの頃か。「なろう系の作品が第一巻発売と同時にコミカライズ開始」といった形式も増えた。いわば「Web小説」を原作として「ノベライズ」と「コミカライズ」を同時にこなしているような感覚だろうか。
これはおそらくWeb漫画サイトおよびアプリの増加が関係していて、紙の雑誌なら連載枠に限りがあるところ、Web漫画ならその制限がかなり薄く、むしろ日刊ペースで更新を求められるので弾数が必要とされている、ということがあり、刊行点数が飽和するなかで少しでも新作を目立たせたいラノベレーベルと利害が一致したのだろう。
アニメでは『ナイツ&マジック』*93『異世界食堂』*94『異世界はスマートフォンとともに。』*95などが放送された。これらはいずれもヒーロー文庫やHJノベルスといった「Web文芸レーベル」の作品である。すなわち、ついに「なろう」ブームの波がアニメにまで到達したのである。ばんざーい。
2018年
『高2にタイムリープした俺が、当時好きだった先生に告った結果』*96『ひげを剃る。そして女子高生を拾う。』*97『ちょっぴり年上でも彼女にしてくれますか?』*98などの年の差ラブコメが急増したのが印象的である。
2000年代のラブコメの特徴が「ハーレム」「萌え属性」「部活」だったとすれば、現在のラブコメは「固定カップル」「年の差」「お仕事」といったあたりが特徴になるだろうか。「萌え属性」重視で特徴の強いヒロインたちを次々に増やしていくようなラブコメから、ある状況下における主人公とヒロインの関係性を掘り下げていくようなものへと変化したようなイメージである。
これについては漫画のほうで『からかい上手の高木さん』や『宇崎ちゃんは遊びたい!』のような「○○さん」系ラブコメが流行っていることの影響があるのかもしれない。
2000年代に「年の差ラブコメ」と言えば「ヒロインが小学生」のロリコンものが大半だったが、いま流行っているのは、主人公が高校生/ヒロインが社会人だったり、主人公が社会人/ヒロインが高校生だったりするものである。
これは以前なら「ラノベの主人公は若くないとダメだから」とか「年上ヒロインは売れないから」とか言われていたのが、「なろう系」のおっさん主人公や、ライト文芸の社会人主人公などを経由したことによって、作り手が「慣れた」ことが大きいと思われる。
「お仕事もの」についても同じことが言えると思うが、前述したとおり「お仕事もの」には「クリエイターもの」なども含まれてくるわけで、いわゆる「学園ラブコメ」にとどまらない幅広い物語背景が描かれるようになった結果と言えるだろう。
「なろう」のほうでも、2018年12月に投稿された『お隣の天使様にいつの間にか駄目人間にされていた件』の人気のおかげで、微妙に現代ラブコメが増加していたりするらしい。今後に期待である。
この年はとにかくラノベ絡みの炎上が多かった。『異世界テニス無双』パクリ問題、『山本五十子の決断』プロモツイート問題、『ブギーポップ』キャラデザ問題、『二度目の人生を異世界で』ヘイトスピーチ問題、『境界線上のホライゾン』イラスト問題……いわゆるポリコレ的な問題についてはオタク業界全体に影響を及ぼしそうだ。
まとめ
というわけで、この十年間を振り返ってまいりました。だ・である調は解除します。
私は、あくまで少年向けラノベを主戦場としているので、触れられていないところも多いと思います。あらためて、「私はこういうふうに見てきたよ」以上のものではない、ということでよろしくお願いします。
で、こうして振り返って思うのは「十年前のラノベになかった部分をWeb小説が補完してくれた」ということですね。
2000年代には低調だったファンタジーの復活はもちろんのこと、青春ものやラブコメの増加にも影響を与えてくれていますし、「グルメ」とか「歴史」とか「おっさん主人公」とか「女性主人公」とか、これまで「ラノベでは売れない」というレッテルを貼られてきた様々な要素が、小説投稿サイトのなかでその人気を証明して書籍化されているわけです。
文庫のラノベ市場が頭打ちになったことで、一般文芸の売り場なり(=ライト文芸)、単行本の売り場なり(=Web小説)に打って出て、そこでこれまでとは違った作品が生み出されていった、ということで非常にラノベが多様化した十年間だったと思います。
そうして範囲が拡大したぶん、いよいよもってラノベの全体像を把握している人間などいなくなった…という感じもあります。はたして十年後、「2020年代のライトノベルを振り返る」なんて記事は書けるんでしょうか。