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『ロビンソン・クルーソー』は本当に長文タイトルだったのか?

ラノベ界隈において「異世界転生といえば火星のプリンセス」「現代知識チートといえばアーサー王宮廷のコネチカット・ヤンキー」 と並ぶ頻出ネタとして「長文タイトルといえばロビンソン・クルーソー」というものがあります。

Wikipediaによるとその「正式なタイトル」は『ヨークの船乗りロビンソン・クルーソーの生涯と奇妙で驚くべき冒険:彼はアメリカの海岸、大河オロノコ川の河口近くにある無人島で、たった一人で28年間生き延びた;難破によって岸に打ち上げられ、乗組員は彼を除いて全員命を落とした。そして、最終的には海賊によって驚くべき方法で救出された』らしいです。

でもそれって本当なんでしょうか?

べつに私は海外文学の専門家でもなんでもないので、本当に素人の素朴な疑問なんですが。

たとえばWikipediaにアップロードされている『ロビンソン・クルーソー』の初版の扉ページを引用してみましょう。
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/1/1e/Robinson_Crusoe_1719_1st_edition.jpg
これ、パッと見でどこまでがタイトルだと思いますか。せいぜい「THE LIFE AND STRANGE SURPRIZING ADVENTURES OF ROBINSON CRUSOE, OF YORK,. MARINER」くらいまでじゃないですか。コロンで区切られた「Who lived...」以降は著者の経歴かあらすじのように思えます。

自分にはこれが「ひとつの長いタイトル」ではなく「タイトルと著者情報とあらすじが未分化のまま繋がっている」ように見えるんですよね。

当然ながら、読者がこの作品を呼ぶときに、この文言のすべてが唱えられていたわけではないでしょう。作者のダニエル・デフォーでさえ、『ロビンソン・クルーソー』の第3巻のなかで『the Adventures of Robinson Crusoe』と呼称しています。

あるいは18世紀の書店や個人の蔵書の「カタログ」みたいなものをGoogle Booksで閲覧することができます。おそらく現在のように統一された書誌情報の登録ルールみたいなものは無く、各々が勝手にまとめていたものでしょうが、多くは「ROBINSON CRUSOE」、長くとも「THE LIFE AND STRANGE SURPRIZING ADVENTURES OF ROBINSON CRUSOE OF YORK MARINER」までの題名で記載していたようです。

では、この『ヨークの船乗りロビンソン・クルーソーの生涯と奇妙で驚くべき冒険:彼はアメリカの海岸、大河オロノコ川の河口近くにある無人島で、たった一人で28年間生き延びた;難破によって岸に打ち上げられ、乗組員は彼を除いて全員命を落とした。そして、最終的には海賊によって驚くべき方法で救出された』という文章全体が「正式なタイトル」として扱われていた状況は、本当に存在していたのでしょうか?

同時期の作品である『ガリバー旅行記』も、しばしば長文タイトルの例として言及されます。Wikipediaによると「正式なタイトル」は『船医から始まり後に複数の船の船長となったレミュエル・ガリヴァーによる、世界の諸僻地への旅行記四篇』だそうです。同じく扉ページをWikipediaから引用します。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/4/43/Gullivers_travels.jpg/1920px-Gullivers_travels.jpg

これは『ロビンソン・クルーソー』よりもわかりやすく、「TRAVELS INTO SEVERAL REMOTE NATIONS OF THE WORLD(世界の諸僻地への旅行記)」までがタイトルじゃないですか? 「In FOUR PARTS(四篇)」や「By LEMUEL GULLIVER(レミュエル・ガリヴァーによる)」以下は補助情報ですよね。それぞれを分けるように区切り線も引かれています。これを「全体がタイトルである」と判断するのはどういう理由からなのでしょうか?

ロビンソン・クルーソー(1719年)』『ガリバー(1726年)』以前の小説である『ドン・キホーテ(1605年)』の扉ページも引用します。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/d/d8/El_ingenioso_hidalgo_don_Quijote_de_la_Mancha.jpg

これはWikipediaによると『El ingenioso hidalgo Don Quixote de la Mancha(機知に富んだ郷士ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ)』までがタイトルである、とされています。つまり「Compuesto por Miguel de Cervantes Saauedra.(ミゲル・デ・セルバンテス・サアベドラ作)」はタイトルに含まれていません。「DIRIGIDO AL DUQUE DE BEJAR...」以降は献辞のようですが、そちらもタイトルには含まれていません。

「扉ページに書いてある文字はすべてタイトルなんだよ!」と言わんばかりの『ロビンソン・クルーソー』や『ガリバー』と比べると、『ドン・キホーテ』は常識的な範囲でタイトルを決定しているように思えるのですが、この違いはいったいどこに由来するのでしょうか?

要するに、それが「正式なタイトル」であるというのはWikipediaが勝手に言っているだけではないか、この時代に「正式なタイトル」なんて概念はなかったのではないか、という疑問があるのです。

繰り返しますが、私は海外文学の専門家でもなんでもなく、これは本当に素人の素朴な疑問にすぎません。何か歴史的経緯があって学術的にはそれを「正式なタイトル」としているのかもしれませんし、別のところでダニエル・デフォージョナサン・スウィフトが「あれが正式なタイトルです」と表明しているのかもしれません。悪しからず。