戦記ファンタジーは、ラノベでも常に一定の人気があったジャンルで、これまでに多くの作品が刊行され、いくつかはアニメ化もされてきました。冒険者がダンジョンを探索するような「冒険ファンタジー」とは異なり、国家同士の戦いを君主や指揮官の視点で描いたもの、と定義されるでしょうか。ゲームで言えば「シミュレーションRPG」になるでしょう。
たぶん完全網羅!ライトノベル戦記ファンタジー年表 | ブックオフ公式オンラインストア
ただ、王道的に人気があったというよりは、どこか「裏ローテ」的な扱いだったと思います。
冒険ファンタジーブームが落ち着いた2000年代には、目先を変えるように『ゆらゆらと揺れる海の彼方』『タザリア王国物語『火の国、風の国物語』『烙印の紋章』などの名作が次々に登場しました。
2010年代には、爆発的な流行を見せていた「なろう系ファンタジー」に対し、「それとは違うファンタジー」を模索して『魔弾の王と戦姫』『天鏡のアルデラミン』『覇剣の皇姫アルティーナ』『グランクレスト戦記』『グラウスタンディア皇国物語』『我が驍勇にふるえよ天地』『天才王子の赤字国家再生術』といった作品が競うように出てきました。
「なろう系」からも、人気作品の間隙を突いて『ウォルテニア戦記』『幼女戦記』『やる気なし英雄譚』などの作品が登場しています。
いずれにしても「主流」にはなれないが「泡沫」として消えるわけでもない、「傍流」としての存在感を維持してきたのが戦記ファンタジーの強さだったと思います。
そして2020年代にもまた戦記ファンタジーの新しい流れが生まれています。その中心にいるのは『オルクセン王国史』でしょう。
オルクセン王国史
第一次大戦ごろのドイツ帝国をモチーフとして「オークやエルフが存在する世界の架空の歴史」を描いたミリタリマニアらしい作品。コミカライズも人気を博しています。「なろう系」として見れば『幼女戦記』などの系譜と言えるでしょうし、「架空戦記」として見れば『皇国の守護者』『A君(17)の戦争』なども先祖となるでしょうか。
他にも第一次大戦〜第二次大戦ごろを意識した作品がいくつか出ています。
TS衛生兵さんの戦場日記
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一兵卒が主人公なので、あまり「戦記もの」という感じではありませんが、魔法が存在する世界における苛烈な戦場風景が描かれています。主人公は転生者で「前世では天才的なFPSゲーマー」という設定があるのですが、いまのところ、ときどきしか才能が発揮されていません。だいぶスローペースな話なのですが主人公が将来的にどうなっていくのか気になるところですね。
アキツ大戦記
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天狗(エルフ)や鬼(オーガ)が共生する「亜人の国」である日本っぽい国を舞台にした作品。モチーフは日露戦争で、魔法文明をベースに科学も取り入れている東洋と、亜人や魔法を否定して科学を信奉する西洋との対立が描かれています。全体的に架空戦記色が強いですね。主人公は特殊部隊の一員なんですが、戦場から離れたところでエルフの恋人といちゃいちゃしているのがとても良かったです。
もちろん中世〜近世ごろを舞台としたオーソドックスな戦記ファンタジーも多く出てきています。
転生したら皇帝でした
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大貴族たちの傀儡となっている幼帝に転生した主人公が、その立場から脱するための計略を慎重に巡らせていくところを、設定語りも交えてゆっくりじっくり描いていくので、本当にスロースターターもいいところなんですが、皇帝として権力を握って対外戦争に乗り出していく6巻あたりから、個性的な武将も増えてきて俄然面白くなっていきます。6巻かよ。しょうがないんです。でもオススメです。
ルチルクォーツの戴冠 / フリードリヒの戦場
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この二作は同じ作者です。『ルチルクォーツの戴冠』は、貧しい生まれの主人公が急死した王の庶子だったということで即位させられる話。小国が舞台なので中小企業的な内政要素もあるのですが、主人公の軍才はいかにも英雄的です。『フリードリヒの戦場』は、自分は将軍の息子であると偽った主人公が、本当に将軍の養子として迎えられて天才軍師として活躍する話。いきなり王にされて戸惑う『ルチルクォーツ』と、望んで軍人となり上を目指していく『フリードリヒ』、という対比的な面白さがあります。
滅亡国家のやり直し
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祖国の滅亡前にタイムスリップした主人公が、前回の記憶をもとに滅亡を回避しようとする話。庶民出身の主人公が英雄のもとで軍師として成長していく、という筋書きは『フリードリヒ』とタイプが近いですね。戦記ファンタジーとしてはオーソドックスな作りなんですが、「やり直し」要素による未来知識チート的な内政描写もあったりするのが面白いところですね。
さて、なろう系には「内政もの」というジャンルがあります。異世界の貴族などに転生して、前世の現代知識を使って領地を繁栄させていく、というものですね。戦記ファンタジーとは相性がいいというか、戦記ファンタジーにも内政要素はありますし、内政ファンタジーにも戦争描写はありますので、ざっくり言えばほとんど差はないものと言えます。ほんとか?
というわけで内政もの、広く言えば「政治劇」「政争劇」のオススメも挙げてみます。
亡びの国の征服者
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異世界の騎士の息子に転生した主人公、こいつがまた冷静で豪胆、何でもそつなくこなす奴なんですが、その彼が騎士の学校に入学して、現代知識をもとにいろんな商売をやったり、王女さまと仲良くなったり、それで闇深い政争に巻き込まれていったり、異民族の侵攻により滅びかけている祖国を救うために戦いもしたり、という話。内政の要素も、戦記の要素も、深いレベルで絡み合っていて、飛び抜けた完成度を誇る作品です。イチオシです。
汝、暗君を愛せよ
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いま話題の作品ですね。主人公は中小企業の経営に失敗した若社長で、そこからフランス絶対王政時代がモチーフの王様に転生します。国政のあれこれや廷臣たちの人間関係に、中小企業の経営を重ねて描くのが軽妙で、前世の失敗から下手に張り切らない「暗君」として振る舞いながら、難しい時代を乗り切るための決断を下していく主人公の葛藤が面白い作品です。
かくて謀反の冬は去り
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シェイクスピアの『リチャード三世』をモチーフとしつつも、「古代の大和朝廷から急激に近代化した日本のような王国」という個性的な舞台設定が面白い。手足に障害があり、そのために劣等感に苛まれる王弟が、「王の急死」からの後継者争いという荒波を生き残るために、策謀の限りを尽くしていく宮廷劇。権力者たちの大騒ぎはどこか喜劇的でもあり、小気味よく楽しむことができます。
その他、いくつか挙げましょう。
濁る瞳で何を願う ハイセルク戦記
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一巻は、異世界に転生した主人公が特異なスキルを発現させて一兵卒から英雄になっていくという話なんですが、そこから二巻で物語が土台からひっくり返されるような凄まじい展開になり、四巻なんかはダンジョン攻略をやっているという。巻ごとにジャンルがガラッと変わるので「戦記ファンタジー」とも言い難いんですが、まあ面白いことに変わりはありません。
亜人の末姫皇女はいかにして王座を簒奪したか
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一巻完結で、人間と亜人の戦争で活躍した人たちの半生を、史書の列伝のように綴った連作短編集。いかにも英雄然としたキャラは少なくて、個人的な理由で戦った者が全体の趨勢に影響を及ぼしていたり、小悪党か詐欺師かという連中が戦争を大きくしていったり、そういうクセの強い(でも憎めない)英雄たちの物語が連なって、最後には壮大な歴史となるのが魅力的。これもとても面白かったですね。
貞操逆転世界の童貞辺境領主騎士
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男女の歴史的・社会的な性別の役割が逆転しているという、いわゆる「貞操逆転」設定のファンタジー。そのなかで転生者である主人公は、この世界では珍しい筋骨隆々の巨漢、無双の強さを誇る男の騎士として、女王や王女たちのセクハラに耐えながら、さまざまな戦いに奔走する。一見するとキワモノ感があるけれど、土台はまっとうな騎士道物語なので、誰でも楽しめるものと思います。
悪役令嬢、宇宙を駆ける
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ファンタジーではないけど、めちゃくちゃ面白かったのでオススメします。親のコネで地球艦隊を率い、異星人との戦争に大敗した無能な悪役令嬢が、若い頃にタイムスリップしてやり直す話。一巻では、学生たちが乗った宇宙戦艦がワープ事故で三百光年先にまで飛ばされ、そこから異星人とのファーストコンタクトをこなしつつ地球圏まで帰還するというストーリーが描かれます。SF戦記としてしっかりしている上に、悪役令嬢もののエッセンス、さらに『十五少年漂流記』的な物語類型も加えて、何重にも旨味を重ねているんですよね。
と、こうして見ると、なろう系ブームを経て、やはり物語の幅がだいぶ広がったな、と思います。時代は中世から近現代まで。場所は東洋でも西洋でも。戦争を描いたもの、政治を描いたもの。それぞれのジャンルで、紹介しきれないほどたくさんの作品が出ている。今回は挙げませんでしたが、戦国時代転生ものなんかも一種の架空戦記なので、本当にいろいろな作品があるんですよね。『オルクセン王国史』のヒットで、この流れがさらに加速していくのか。期待したいですね。
最後にひとつ。ノクターンノベルズに投稿されている『ウルガリア戦記』という作品が非常に面白いです。いまノクターンノベルズの年間ランキングでダントツの1位になっていますね。ノクターンノベルズはR18のWeb小説サイトなので、ウルガリア戦記にもそういうシーンはあるのですが、それとは別に戦記パートが本当に素晴らしい。私は途中まで読んで「これは書籍化するだろ」と思って続きをとっておいたのですが、実際に書籍化が決まったらしいので読むのが楽しみです。今冬発売予定らしいです。
こちらのブログの記事ではさらに多くの作品が紹介されています。ご一読ください。
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