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「男女あべこべ」「貞操逆転」ジャンルはどのように生まれたのか

「男女あべこべ」あるいは「貞操逆転」などと呼ばれるジャンルがある(以下「貞操逆転」で統一する)。

いわゆる「性転換」や「とりかへばや」などとは異なり、男女の社会的役割や倫理観がまったく逆転している世界を描くもので、特に性的な価値観の逆転により「女性が性に積極的」「男性は性に消極的」という描写が重視されている。ジェンダーSF的に描かれることもあれば、ただ単にそういうシチュエーションでエロを書きたいだけのこともある。というか現在のところは後者のほうが圧倒的に多い。

この記事では、そうした「貞操逆転」というジャンルがどのように発展してきたかを考えるために、備忘録程度にだが代表的な作品をまとめてみたいと思う。

沼正三家畜人ヤプー

EHSは女権制国家であり、EHSは女系の女子によって相続される女王による君主制国家である。政治や軍事の大権は女性のみが持つ。人間(白人)の女性に代わって出産をする子宮畜(ヤプム)の使用が普及したことにより人間の女性が出産から解放され、女権革命が発生して女権制が確立された。

家畜人ヤプー - Wikipedia

初出は1956年。有名なエログロ奇書。女尊男卑社会で日本人男性が家畜化されることに幸せを覚える…という趣向で、スカトロや肉体改造などを含むドギツい設定からしてもSM要素が強く、「貞操逆転」とはやや系統が異なると思われる。「貞操逆転」にも女尊男卑的な側面はあるが、あくまで現実社会の男尊女卑を反転させたレベルのものにすぎないことが多い。

ドラえもん』の「あべこべ惑星」

七夕の日、ドラえもんのび太ひみつ道具「天球儀」に付属されている宇宙船を使ってあべこべ地球に行くお話。

そこは太陽と月の出入り、犬と猫の概念、そして性別や性格が逆転している世界。ドラえもんのび太だけでなくジャイアンスネ夫などの男子キャラクターが女性語を使い、しずか・玉子などの女子キャラクターが男性語に変わるなど、言葉遣いも全て真逆になっている。

あべこべ惑星 (あべこべわくせい)とは【ピクシブ百科事典】

この話が収録されているコミックス17巻は1979年6月27日発売。テレビアニメでは1992年10月2日・2009年7月3日・2020年7月4日と、何度かリメイクされて放送されているようだ。設定的には性別が入れ替わっているみたいだが(つまり厳密にはTSもの?)、見た目はほとんどそのままで服装や仕草だけが入れ替わっているように見えるので、そこに「貞操逆転」の要素が感じられる。

後述するが、「男女あべこべ」という呼称は、このドラえもんのエピソード由来だと思われる。

村田基フェミニズムの帝国』

ブコメで指摘されたので追加した。感謝。

西暦2198年。社会のあらゆる実権は女が握っていた。女はたくましく、男はおしとやかに。男は結婚して家庭に入り、家族に尽くすのが義務とされる。そして25歳をすぎても結婚しない男は「ハズレ者」と呼ばれて世間からつまはじきにされ、まともな職にはつけず、水商売などに従事して生きるしかない……。22世紀末、女尊男卑の世界で激しく燃え上がった“男性解放運動”の結末を描く。長篇SF小説

Amazon.co.jp: フェミニズムの帝国 eBook : 村田 基: Kindleストア

1988年に出版された作品。男性だけが発症するエイズが広まり、そのため女性が権力を握った…という設定のようだ。

アーシュラ・K・ル=グウィン『セグリの事情』

ブコメで指摘されたので追加した。感謝。

"The Matter of Seggri" provides a social commentary on modern gender roles. In the story, Le Guin creates a world in which gender roles are switched.
『セグリの事情』は、現代のジェンダーロールに対しての社会的な主張である。作中において、ル=グウィンジェンダーロールの入れ替わった世界を構築している。

The Matter of Seggri - Wikipedia

ル=グウィンが1994年に発表した短編小説。男児出生率が極端に低いため、男女比が1:16にまで偏った惑星が舞台となる。生殖を維持するために男性は手厚い保護を受けており、安全な城のなかでスポーツに興じながら、夜になるとさまざまな女性と性行為をする。危険な城外での労働などはすべて女性が行っている。男性は特権階級のようでいて、本質的には管理された種馬であり、彼らに自由はないし、教育を受けることもない、といった世界観のようだ。

よしながふみ『大奥』

日本の江戸時代をモデルとした世界で、謎の疫病で男子の人口が急速に減少した結果、社会運営の根幹や権力が男から女に移っていく様を江戸城の大奥を中心に描く。

徳川家の代々の将軍達や要職にあった者など、歴史上では男性である人物が女性に、女性である人物が男性に置き換えられている。春日局が大奥を作ったことや、当時の「カピタン本国報告」にある「御簾越しに家光に拝謁、少年のような声だと思った。拝謁の場は若い男性ばかり同座していた。市中で女性が多く働いているのを見た」などの詳細な史実と、フィクションを織り交ぜたストーリー構成となっている。

大奥 (漫画) - Wikipedia

白泉社の少女漫画誌『MELODY』の2004年8月号から連載。映画化・アニメ化もされた大ヒット作品。ジェンダーSFとしての側面が強く、男性向けエロジャンルとしての「貞操逆転」とは系統が異なるが、「奇病で男性が減少し女性中心社会になった…」などの設定は貞操逆転でもよく使われており、そうした面での影響はありそうだ。

ウェン・スペンサーようこそ女たちの王国へ

極端に男性が少ないこの世界では、当然ながら女王が統治し、兵士も職人も何から何まで女性中心だ。一方男性は貴重な存在のため、誘拐などされぬよう姉妹たちの固いガードのもとで育てられていた。ウィスラー家の長男ジェリンはもうすぐ16歳。ある日、盗賊に襲われた娘を助けたところ、彼女は王女のひとりだった。迎えに来た王家の長姉(エルデスト)レン王女は、生来の美貌のうえ心優しいジェリンにひと目ぼれ、ぜひ夫にと熱望するが……

ようこそ女たちの王国へ - Wikipedia

原作は2005年7月5日、日本語訳は2007年10月24日に刊行されている。第三回センス・オブ・ジェンダー賞の海外部門で大賞に選ばれ、よしながふみ『大奥』と比較されつつ称賛されている。貞操逆転愛好者のコミュニティにおいてもよく知られているようだ。

MBS Truth『童貞な女子達とボク ~もし仮に万が一、ボクがエッチに興味津々な童貞っぽい女子ばかりいる世界に行ったとしたら~』

その日、雪斗はちょっと早く到着したいつもと違う時刻の地下鉄に乗った。何故か誰も乗ってない不思議な電車、そして違和感。……何かが違う。学校につくと女子が変な制服を着ていることに気が付く。学ラン?

やがて雪斗はここが「男女の性的な価値観」が逆転した世界であると知ることになる。例えば女の子はいつでもエッチなことを見たがったり知りたがったりだけど男の子は携帯恋愛小説に夢中!とか。つまり女の子は、奥手な童貞男子のように妄想で悶々している世界。

元の価値観を持つ雪とは周囲から浮きまくり。知らず知らずに女子とのフラグを立てまくってしまう。隙を見せれば幼馴染から学校の教師までが雪斗に性的な興味を持ち始め、少し女子の後押しをするだけでエッチな関係に発展することに!?

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2011年5月27日発売のエロゲ。男性向けエロジャンルとしての「貞操逆転」のかなり初期の例になると思われる。

どこから着想を得たのか知りたいところだが、シナリオライターはもともとTSものを書いていたうえに、MBS Truthの他作品も「世界で最後の男になる」「クラスの女子全員が主人公を好きになる」といった特殊シチュのハーレム作品が多いので、そうしたアイディアの延長線上にあるのかもしれない。

2ちゃんねるエロパロ板『あべこべ世界妄想スレ』

1 :名無しさん@ピンキー:2012/03/30(金) 23:39:25.88 id:qts2vk/T
ここはドラえもんの「あべこべ惑星」や「童貞な女子達とボク」などのように世界規模で男女の立場や価値観が逆転する妄想をするスレです

【男女】あべこべ世界妄想スレ【逆転】

2012年3月30日にスレが立てられている。「貞操逆転」が男性向けエロジャンルとして認識され、「あべこべ惑星」がその源流として位置づけられていることが窺える。『童貞な女子達とボク』も挙がっているがあまり評価は高くなさそう。

ちなみに>>3で紹介されているスレはSM板に立てられたもので、貞操逆転の一種ではあるが、体格や腕力まで含めて女性上位であり、男性は屈辱的な扱いを受けているという、『ヤプー』系統に近い印象を受ける。

葛城『男女あべこべ物語』

『男は黙って女の三歩後ろを歩け』『女は外、男は家』『子育ては男の仕事』『メンズ・ファースト』 主人公、田中悠一は辟易していた。それは、彼自身の意志ではどうにもすることができず、どう抗っても意味はない。 だって、悠一を疲れさせる原因は……この世の価値観だったのだから。 前世と同じ文明。前世と同じ流行り。前世と同じ人間たち。事故で死んでしまった悠一が新しく生を受けた世界は、前世と同じ現代……だと思っていた? え、子供は男が育てるの? え、なんで女子がスカートめくりを? え、料理の上手い男子? え、女子がプロ野球選手? え、なんで男の看護師がナースって呼ばれるの? ……そう、悠一が生まれ変わった世界は、少し違っていた。唯一、男女の価値観と、それに伴う様々な事柄が、あべこべになっていたのだ。

【魚拓】男女あべこべ物語

2012年8月17日に「小説家になろう」に投稿され、Web小説における「貞操逆転」ジャンルの草分けとなった作品である。とはいえ、評価ポイントは10000ptくらいだったので、爆発的に流行したというわけではなく、ジャンルが認知されていくつかフォロワー的な作品が投稿された…という程度の影響力と思われる。

上記「あべこべ世界妄想スレ」の>>124で「小説家になろうに投稿した」と書かれているのはこの作品のことか(投稿日が一致する)。とすると「あべこべ惑星」→「あべこべ世界妄想スレ」→「男女あべこべ物語」…というラインが繋がる。

なお、この作品は「美醜逆転」要素も含んでおり、もとはブサイクだった主人公が周囲から美少年扱い、主人公からは美少女に見えるヒロインが周囲からブス扱い、といった設定になっている。この「美醜逆転」も「貞操逆転」の類似ジャンルとして今では定番化している。

天原貞操逆転世界』

男女の性欲や貞操観念が真逆の世界で売りをすることにした男。はした金でヤらせてくれる男に、毎日ヤりたくてやりたくて悶々してる割にちゃんと処女らしい恥じらいもちゃんとある娘たちが、お金を持って私にもヤらせろと簡単に食いついてくる。とてつもなく都合のいい世界でやりまくるお話。

貞操逆転世界 [天原帝国] | DLsite 同人 - R18

2015年3月20日から販売されている同人誌。非常に人気が高く、それまで「男女あべこべ」や「男女逆転」と呼ばれていたジャンルが、ここでガラッと「貞操逆転」と呼ばれるようになった。貞操逆転ジャンルの中興の祖である。

道造『貞操逆転世界の童貞辺境領主騎士』

現代日本から男女の貞操観念が真逆の異世界に転生し、その世界では珍しい男の騎士として育てられた辺境領主ファウスト
前世の価値感を持つが故に、女王のほぼ全裸な薄着姿や巨乳公爵からのセクハラ的スキンシップに股間を痛める日々を送る彼だが、ひとたび戦場に出れば英雄的な活躍をする超人でもあった。
そして第二王女ヴァリエールの相談役として、彼女とその親衛隊の初陣に同行することになったファウスト
しかし単なる山賊退治と聞いて赴いた村では、予期せぬ惨劇と試練が待ち受けていて……!?
貞操が逆転した世界で“誉れ”を貫く男騎士の英雄戦記、堂々開幕!!

2020年10月16日にハーメルンに投稿された作品。「アダルト系でない貞操逆転」である。「筋骨隆々の男など気持ち悪い」「息子を騎士にするなど気が狂ったのか」と言われるような世界に生まれた主人公が最強の男騎士として活躍する歴史ファンタジー。現時点でハーメルンでもカクヨムでも貞操逆転ジャンルにおける一位となっている。おすすめ。

というわけで

大雑把に言えば、ホップ『あべこべ惑星』→ステップ『男女あべこべ物語』→ジャンプ『貞操逆転世界』で三段跳び、という感じではないかと思っている。

天原の『貞操逆転世界』以降、ノクターンノベルズなどでも貞操逆転は順調に流行っているのだが、『貞操逆転世界の童貞辺境領主騎士』のように一般向けでも設定が採用されることが増えつつあるようだ。それこそよしながふみ『大奥』が大ヒットしたように、エロが絡まなくとも面白い題材なので、一般向けのラノベでももっと流行ればいいと思う。よろしくお願いします。

ライトノベル衰退論に対する雑感

ラノベの市場規模の話を突き詰めていくと「いったいどこまでをライトノベルと見なすか?」ということが問題になってくる。ラノベの市場規模を調べるのは難しい。なぜなら「ライトノベル」と見なされる範囲が変動するからである。ラノベの市場規模の発表をしているのは、主に「出版科学研究所の出版指標」と「ORICONエンタメ・マーケット白書」であるが、彼らが定める「ライトノベル」の基準は明らかにされていない。

たとえば「ライト文芸ライトノベルに含まれるか?」という問いは非常に繊細な政治的問題を孕んでいる。私自身は間違いなくライトノベルに含まれると思っているが、「ライト文芸ライトノベルではない」と考えている人も多い。おそらく市場規模の調査においても「ライト文芸」はライトノベルに含まれていない。というか含めると収拾がつかなくなるのだろう。イラスト付きの一般文芸などいまやありふれている。どこまでがライト文芸なのかを判断することは非常に難しい。

ライトノベルの市場規模には電子書籍の売上も含まれていない。漫画業界では、紙書籍の売上を電子書籍の売上が上回ったというが、はたしてラノベ業界ではどうなのか。もちろん売上の低下を電子書籍で補えているかどうかはわからない。「電子の売上なんて大したことない」という話も聞くし、「無視できない売上になっている」という話も聞く。だから「ラノベの売上は減少しているか」という問いには「わからない」と答えるしかない。

しばしば「いまでもラノベの刊行点数は増え続けている」ように勘違いされるが、直近数年の刊行点数はそれほど増えていない。2019年がピークで、2020年・2021年はおそらくコロナ禍のために減少、2022年はやや戻して2018年とほぼ同等になっている(ラノベの杜調べ)。さらに少年・少女向け文庫ラノベの刊行点数は顕著に減少している。

たとえば電撃文庫の刊行点数のピークは2012年である(これは「紙の文庫ラノベの売上」のピークとされる年でもある)。なぜ刊行点数が減少したかと言えば、おそらく同編集部が「メディアワークス文庫」からも新刊を出すようになったからだろう。さらに2019年には「電撃の新文芸」と呼ばれるWeb系大判ラノベレーベルも創刊している。他の編集部においても、いまや文庫ラノベと大判ラノベを同時に編集するのは普通のことである。つまりライトノベルは「少年少女向け文庫」の一本足打法から「ライト文芸」や「大判ラノベ」も含めた多角化経営を進めているのである。

追記。このくだりについて編集者の方から直接指摘が入ったので訂正します。電撃文庫の刊行点数の減少はメディアワークス文庫の創刊とは無関係だということだそうです。リプライを繋げてご解説いただいているのでリンク先に飛んでご確認ください。

追記終わり。

「若者のラノベ離れ」のような話もあるが、もともと読まれてねーだろと思う。私の学生時代にラノベを読んでいる同級生などほぼ皆無だった。もとよりニッチ市場なのだ。日本全国1億2千万人のうちたった1万人が新シリーズを買うかどうかでひーこら言っているような業界なのだ。周囲に読者がいなくて当たり前だ。私だってONE PIECEの今週の展開を語り合うがごとく友達と電撃文庫の新刊の話をしたかったよ。

いや個人的な怨念はさておいて。たとえば「なろう系を買っているのはオッサンだけ」とも言われるが、以前書いたようにWebサイトの「小説家になろう」には若い読者も多くいる。なろう系の大判ラノベを買うのがオッサンなのは、ひとえにそれが高価格だからである。若いラノベ読者が、Web小説だけで満足していたり、図書館で借りていたり、ブックオフで買っていたりすれば、その活動は市場規模には反映されない。その実態は明らかではない。

ラノベ論においては「どこまでをラノベとみなすか」で結論が180度変わってくることは珍しくない。高校生の人気ランキングに入っているライト文芸が「ライトノベルではない」として除外される。そして「ライトノベルは高校生に人気がない」と言われる。いやライト文芸ライトノベルだが、となる。「児童文庫は調子がいいのにラノベときたら」。いや児童文庫だってライトノベルだが、となる。

まあどっちでもいいのだ。要は出版社が赤字でなければいいのだ。私の好きな作品が刊行されていればいいのだ。仮に、万が一、電撃文庫富士見ファンタジア文庫が潰れて、出版科学研究所が「ライトノベル」と見なしていた領域が消滅したとしても、別のところでエンタメ小説は世に出続けるだろうし、私はそれを「ライトノベル」と呼び続けるだろう。なべて世はこともなしだ。

もうラノベのこと「キャラクター小説」って言うのやめない?

はじめに

「キャラクター小説」。ライトノベルを説明するときによく使われる言葉ですが、例によって定義は曖昧です。そこで「キャラクター小説」の初期の定義を確認し、そこからどのように用法が派生していったかを探り、そして「もう使わんほうがいいんじゃね?」という結論に持っていく、というのがこの記事の主旨となります。

そもそも「キャラクター小説」という言葉がよく知られるようになったのは大塚英志『キャラクター小説の作り方』からだと思うので、そこでの「キャラクター小説」の説明を最初に引用します。

ただし、大前提として『キャラクター小説の作り方』が刊行されたのは2003年(というか2000年からザ・スニーカーで連載されたコラムをまとめたもの)であり、『ハルヒ』ブームなどを経てライトノベルが急拡大していく直前、まだ「ライトノベル」が未成熟でどのように発展していくかわからない、「ライトノベル」という呼称すら十分に広まっていない時期に書かれたものである、ということに注意してください。


『キャラクター小説の作り方』における用法

大塚英志は「キャラクター小説」についてこう説明しています。

実は、この「キャラクター小説」というのは「スニーカー文庫のような小説」の関係者がたまに口にする隠語なのです。そこには、所詮これってキャラクター商品じゃんという編集者たちの屈折した気持ちが見え隠れします。アニメ絵のついたテレカとか下敷きと同じものでしかない小説、という意味で使われているのです。

ライトノベル」という呼称がまだ使えないので「スニーカー文庫のような小説」と迂遠な呼び方をしているのが面白いところですが、ともあれ当時の業界における「キャラクター小説」とは「キャラクター商品としての小説」の意味だったというのです。

「メディアミックスの起点となる小説」と言い換えればマシに聞こえますが、当時はまだ現在ほどライトノベルの立ち位置が確立されていたわけではないので、もっと「アニメに従属した商品」といったニュアンスがあるんじゃないかと思います。ドラゴンボールのオモチャを製造するように、ガンダムのプラモデルを発売するように、アニメみたいな小説を作っている。そういうような意味合いだったということでしょう。

その上で、大塚英志自身は「キャラクター小説」をこのように再定義します。

自然主義の立場に立って「私」という存在を描写する「私小説」が日本の近代小説の一方の極だとすれば、まんが的な非リアリズムによってキャラクターを描いていく「スニーカー文庫のような小説」は「キャラクター小説」と呼ぶのが多分、その小説の本質をもっとも正確に表現しているのだと思います。

噛み砕いて説明すれば「現実の人物を写生する小説=純文学」「漫画やアニメのキャラクターを写生する小説=ライトノベルという対置なんですね。純文学は(たとえ登場人物や作品設定が架空であったとしても)現実世界の在り方に従って書かれることがよしとされるが、ライトノベルは現実世界ではなく「漫画やアニメの世界」の在り方にもとづいて書かれているのだ、というような話でしょうか。

ちなみに、このあと大塚英志「純文学だって実はキャラクター小説じゃね?」とか「キャラクター小説で現実を表現するという新しい形のブンガクを目指すべきじゃね?」などといったちゃぶ台返し的な話をしています。新装版(2013年)で加筆された部分では「ライトノベルは俺の期待していた方向には進まなかったね」という話もしています。

要するに、大塚英志のこの「キャラクター小説」の定義は、理念先行というか、さまざまな前提や条件にもとづく話であって、必ずしも実像をスパッと表したものではないということです。「ライトノベルを本質的に特徴づけるものはキャラクターだ」といったような話ではないし、それどころか「ライトノベルと純文学の違い」を説明したものですらなかったわけです。

それ以降の用法

さて、ではこれ以降の「キャラクター小説」という用語はどのように使われていったのでしょうか。

たとえば、かの悪名高いライトノベル法研究所ではこのように説明されています。

ライトノベルは別名、キャラクター小説などとも呼ばれ、魅力的なキャラクターを創造できるか否かが、作品の評価を大きく左右します。

キャラクターの作り方(ライトノベル)

「キャラクター小説=キャラクターが魅力的な小説」というだけになってしまっていますね。「キャラクター小説というからにはキャラクターが重要なのだろう」くらいで思考停止してしまっているわけです。

この説明では『キャラクター小説の作り方』における「漫画やアニメの世界の在り方にもとづくキャラクター」という前提が抜け落ちています。なので「登場人物が魅力的な小説です」と言っているのと変わらない。じゃあキャラクター小説以外は「登場人物が魅力的でない小説」なんでしょうか。そんなの目指して小説を書く人なんているんですか。何の説明にもなっていないと思うんですよね。

類似表現に「ライトノベルは読みやすい文章で書かれている」などがあります。「ライトノベルは読みやすい文章で書かれている」と主張することでいったい何が説明できているんでしょうか。たいていの小説家は読みやすさを心がけているでしょうに。それはやはり「ライトノベルというからには文章がライトなのだろう」とかそういう思考停止にもとづいているだけなんですね。

話が脱線しました。

「キャラクター小説とはキャラクターが魅力的な小説のことである」という定義は出版社も用いています。

たとえばKADOKAWAは、そのものズバリ「角川文庫キャラクター小説大賞」という新人賞を設立しており、このように説明しています。

角川文庫キャラクター文芸は、一般文芸レーベル「角川文庫」の中で、魅力的なキャラクターが活躍するエンタメ小説を世に送り出してきました。

ミステリ、ファンタジー、ホラー、SF、あやかし、青春、恋愛、お仕事小説、感動の人間ドラマなど、あらゆるジャンルを横断する、優れたエンタテインメント作品の数々。そこに共通するのは、魅力的なキャラクターと舞台設定です。

角川文庫キャラクター小説大賞 | KADOKAWA

こちらの受賞作を見てみると、これがいわゆる「ライト文芸(キャラ文芸)」系の新人賞であることがわかります。この「キャラクター小説」を「ライト文芸(キャラ文芸)」の単なる言い換えとする用法が、近年では急速に広まっているんですよね。

そして、その用法を推進しているメディアのひとつが、やはりKADOKAWA系であるダ・ヴィンチなんですね。

“キャラクター小説”というジャンルを知っているだろうか。かつては“ライトノベル”と同義だったが、今、一般文芸作品にライトノベルの手法をうまく盛り込んでキャラクターを立たせた“キャラ立ち小説”が読者を強くひきつけているのだ。

ラノベとも違う! 今人気の“キャラ立ち小説”とは? | ダ・ヴィンチWeb

この記事は「ライト文芸」「キャラ文芸」といった呼称が登場する前の2012年に書かれた記事なので「キャラ立ち小説」とかいう微妙な呼称が使われていたりします。ともあれ、キャラクター小説を「キャラが立っている小説」と見なし、それを「ライトノベル」とイコールとした上で、そうしたライトノベルの手法が一般文芸に導入されつつある、としたわけですね。

出版不況が叫ばれる中で、出版各社が競い参入しているのが「ライト文芸」「キャラ文芸」と呼ばれるジャンルだ。イラストを用いたカバーデザイン、マンガ的なキャラクター設定が特徴とされるが、じゃあラノベと一体何が違うのか!? 一般文芸はどうなってしまうのか!? オレンジ文庫MFブックスなど、いま注目を集めているレーベルの仕掛け人たちに直撃し、ウケる作品作りの裏側に迫った。

特集「キャラクター小説」 | ダ・ヴィンチWeb

こちらは「ライト文芸」「キャラ文芸」といった呼称が登場したあとの2015年に、「特集 キャラクター小説」と銘打ったもので、そのキャラクター小説を「マンガ的なキャラクター設定が特徴とされる」と説明しています。

どうも「キャラクターが魅力的である」と「キャラクターが立っている」と「キャラクターがマンガ的である」がやんわりとイコールで結ばれているような気がします。

「キャラノベ」人気が高まっている。「キャラノベ」とは、エンターテインメント小説のなかでも、読みやすい文体や言葉遣いで書かれ、舞台や人物がマンガ的に誇張されている作品のこと。

マンガのような主人公が活躍、「キャラノベ」が人気のワケ - 日本経済新聞

こちらは日経エンタテインメント!の2012年の記事。「マンガ的」=「誇張」と説明されていますね。「キャラノベ」というのは「ライト文芸」という呼称が登場するまでに一瞬だけ定着しかけていた呼称です。

時系列が前後しますが、こちらは2008年の記事。

――まず最初にお聞きしたいのですが、ライトノベルと普通の小説との違い、「ライトノベルらしさ」というのはどの辺りになるんでしょう?

大森氏:ライトノベルは、大塚英志氏が提唱した「キャラクター小説」説というのが一般的に言われてるんです。ストーリーとか描写とか文章とかよりも、とにかくどんなキャラなのかというのが大事なんですよ。そのキャラクターが小説的なリアリズムよりも、どちらかというとアニメキャラに近い、「アニメ的なリアリズム」で成立している、というのが特徴ですね。

 だから、割と現実的ではありえないような、例えば「うる星やつら」のラムだとか、「めぞん一刻」の音無響子さんだとかが、小説の中に普通にいるのがライトノベルの基本と言えますね。

ASCII.jp:30代で始めるラノベ生活! まずはコレを読め! (1/3)

この時点ですでに大塚英志の「キャラクター小説」論が独り歩きしていたことがよくわかりますね。「ストーリーよりも文章よりもどんなキャラかということが大事」だなんて随分と遠いところまで来てしまったなという感じです。

そして、ここでの「マンガ的」というのも、やはり大塚英志が言っているような小難しい意味ではなく、単なる「非現実的な誇張されたキャラクター」という意味でしかないようです。

というわけで

こうやって見ていくと、この「キャラクター小説」という言葉はもともとの用法から掛け離れて、

  • ライトノベルはキャラクター小説である
  • だからキャラクターを魅力的にしなければならない
  • 魅力的なキャラクターとは非現実的な誇張されたキャラクターのことである

みたいなツギハギされて何重にも歪んだ創作論と化してません?ってことなんですよ。

これならまだ「キャラクター商品としての小説」という意味で固定化されたほうがマシな気がしますよ。先ほども書きましたけど「キャラクターが魅力的な小説」だなんて何も言っていないに等しいのだから、もう「キャラクター小説」なんて言葉は使わなくていいと思うんですよね。やめちゃいましょうよ。ね。

『LOOP8』発売直前! 芝村裕吏が書いた最近のラノベを読もうのコーナー!

かつて『ガンパレード・マーチ』というゲームがありました。伝説のゲームです。愛すべき個性的なキャラクターたち。簡素だが自由度の高さを感じさせる箱庭的なプレイフィール。膨大な世界設定を背負った謎めいたストーリー。私も非常に楽しませていただきました。

その『ガンパレード・マーチ』のゲームデザイナーである芝村裕吏氏が開発に参加したゲーム『LOOP8(ループエイト)』が2023年6月1日に発売されます。ガンパレのゲームシステムを踏襲したRPGということです。いえーい。買うぜ。というか買ったぜ。DL版を事前購入したぜ。
loop8.marv.jp

なんかインタビューとかも公開されたりして盛り上がっております。
news.denfaminicogamer.jp

しかし。

しかしですね。いにしえのオタクほど「芝村裕吏」という人物を信頼していない。悲しいかなそれも事実なんですよね。

というのもガンパレのあとに出された「ガンパレの後継作」の評判がことごとく悪かったんですよ。それも「ガンパレのファンほど不満を募らせる」ようなかたちで。待望の続編だと思ったら分割商法だったとか。ネット上の企画で生まれた設定を盛り込みすぎてガンパレしかやってないファンが置いてけぼりだったとか。なんか単純にゲームバランスが悪すぎるとか。そういう怒りがぜんぶ芝村氏に向かっていったわけですね。

まあインタビューなんかを読んでも、どうにも癖が強くてふてぶてしくて、いかにも人に嫌われそうな感じですもんね。芝村氏。

それに『新世紀エヴァンゲリオン2』も『絢爛舞踏祭』も『ガンパレード・オーケストラ』も今ではなかなかプレイできないんですよね。ゲームアーカイブスでも出ていないし。だから「あらためてプレイしてみたけど今ならギリギリ受け入れてやらんでもない」みたいな和解もできないんですよ。「ガンパレの続編」を期待して裏切られた、あのときの気持ちが冷凍保存されたまま来ている人も多いんじゃないかと思います。

ただ、あれからずいぶんと経ちました。芝村氏はブラウザゲーム刀剣乱舞』のシナリオを担当して大ヒットに導き、『マージナル・オペレーション』で小説家デビューも果たしてそちらも評判は上々。さまざまな作品を次々と世に送り出しています。

いまなら信じていいのか芝村? 『LOOP8』は買ってもいいのか?

というわけで「ラノベ作家・芝村裕吏」の近作である戦記ファンタジー2作品をオススメしたいと思います。『LOOP8』は現代ものなのになぜ戦記ファンタジーなのか、といえば単純に面白かったからですね。それだけです。これらを読んで最近の芝村氏がどういう作品を書いているのかを知れば『LOOP8』を買う程度の信頼は取り戻せるかもしれません。取り戻せないかもしれません。よろしくお願いします。

やがて僕は大軍師と呼ばれるらしい

bookwalker.jp
主人公はエルフに育てられた人間で、お人好しでおっとりとしていて、他の人間からするとすごくズレた感覚を持っています。そんな彼が「軍師」としての才能を発揮していくというストーリー。

エルフや巨人が存在するファンタジー世界でありつつ、現実で言えば16世紀くらいの銃器が普及しつつある時代設定です。芝村氏のミリタリ趣味が発揮されており「妖精管制間接射撃」だとか怪しいワードが炸裂します。

あとは「歴史家が後世から振り返ったような語り口」を採用しているのも特徴ですね。芝村氏が関わったゲームだと『エンブレム・オブ・ガンダム』という作品のシナリオがこういう疑似史書調で書かれていてクッソ叩かれたそうですが(未プレイ)、本作についてはそれが上手く決まっていると思います。「このときの主人公の行動が後世のこういう言い回しの語源となった」みたいな与太話とか民明書房みたいで愉快ですね。

戦記ファンタジーとしての本格的な部分と、主人公が醸し出すちょっとトボけた空気がちょうどよく入り混じっていて、とても楽しく読める作品なんじゃないかと思います。

紅蓮戦記

bookwalker.jp
こちらの主人公は、いかにも才気走った感じの少年で、実際に戦術級の強さを誇る桁違いの天才魔導師でもあります。しかし、いくら主人公の部隊だけが連戦連勝でも、全体としては衆寡敵せず、彼の母国は滅亡の淵に立たされています。そして、そこから彼とその部下たちによる、クソ性格の悪いゲリラ戦が始まるのであった…というストーリーですね。

『大軍師』が受け身型でいつのまにか雪だるま式に話が大きくなっていく物語だとしたら、こちらは主人公が敵味方を巻き込みながら突き進んでいくわかりやすく痛快な物語になっています。敵側の視点が多く挿入されているのも特徴で、お約束のように主人公にやられていくのはちょっとコントっぽいというかコミカルな雰囲気があります。

やはり芝村氏のミリタリ趣味が活かされた細かな軍隊描写があり、魔法というものをどのように戦闘教義に組み込むかというのも読みどころとなっています。

そして例によって例のごとく、実は『やがて僕は大軍師と呼ばれるらしい』と世界設定が繋がってるんですね。いやそんなガッツリじゃなくて最後にちょろっとリンクしている部分が明かされる程度ですけど。いきなりよくわからん設定がダダ漏れてくるようなことはないのでご安心ください。


というわけで『やがて僕は大軍師と呼ばれるらしい』と『紅蓮戦記』、併せて読んで『LOOP8』も買っちゃいましょう!

「好きラノ 2022年下期」投票

lightnovel.jp

僕らは『読み』を間違える

【22下ラノベ投票/9784041129883】

第七魔王子ジルバギアスの魔王傾国記

【22下ラノベ投票/9784824002341】

8歳から始める魔法学

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2022年ライトノベル個人的ベスト10

1. 『ヘンダーソン氏の福音を』

個人的に今年は「なろう系の評判いい作品をあらためて読んでみよう」キャンペーンを開催していまして、この作品もそのうちの一作でした。心躍る冒険を描くオーソドックスな異世界転生もので、分かりやすく売りになるような設定とかは無いんですが、とにかく基本的な部分のクオリティがめちゃくちゃ高いんですよ。一巻だけは昨年読んでいたんですが、そのときはあんまりピンと来なくて、そのあと2巻も読んでみるかと思ったら面白くて、続けて3巻も読んでみたら超絶バチクソ面白かった。というわけで、ちょっとスロースターターな作品なんですが、しかしそのウィークポイントを補って余りある面白さだと思います。
あと注意点として、各巻の最後に「ifルートを描いた短編」が載ってるんですが、それがifルートだとわかってないとだいぶ混乱する、というのがありますね。私は混乱しました。「なんか急に時間が飛んだぞ????」ってなる。もちろんちゃんと読んでみると超面白くて、どのifルートも「スピンオフとして連載してくれ〜」と思いまくる出来です。

2. 『第七魔王子ジルバギアスの魔王傾国記』

魔王に殺された勇者が、その魔王の息子に転生する、という設定だけで楽しくなりますよね。そこで主人公は、内側から魔王を倒すことを目指すのですが、周囲から疑われないために救うべき人類を殺してみせないといけなかったりする。ダークヒーローなんですよね。主人公の能力が「禁忌を犯すほど強くなる」というもので、それが「目的のために禁忌を犯さざるを得ない」という主人公の立場をそのまま表しているのが上手い。魔王や他の王子たちも、キャラとしてはすごく魅力的で感情移入してしまうんですけど、でも確かに人類とは決定的に相容れない部分もある。そのアンビバレントな面白さ。続きがとても楽しみです。

3. 『ブービージョッキー!!』

若くしてダービージョッキーとなった主人公がそこからスランプに陥ったところでお姉さんと出会って復活を目指す…という話。言ってしまえば『りゅうおうのおしごと!』の競馬版といった感じなんですが、それが本当に『りゅうおうのおしごと!』と同じくらい面白い。「サラブレッドが好きだ」というキラキラとした初期衝動が詰め込まれた、熱く、楽しく、輝かしい物語となっています。

4. 『Dジェネシス

こちらも「なろう系の評判いい作品をあらためて読んでみよう」キャンペーンで読んだ作品でした。現代にダンジョンが出現して、モンスターが現れたり、人類が特殊能力を身につけたりする、いわゆる「現代ダンジョンもの」としては随一のクオリティだと思います。科学知識や政治描写を駆使して「ダンジョンが現代社会に与える影響」を深く掘り下げていく。「そろそろ現代ダンジョンものを一つ読んでおきたい」という人に断然オススメですね。

5. 『ハイセルク戦記』

これもものすごい作品でしたね。一巻は「平兵士の青年が戦場でズタボロになりながら次第に覚醒して強くなっていく」という、面白いながらもかなり地味な話だったんですが、二巻では最強格の兵士となった主人公が、とある「戦況の激変」に巻き込まれて、勝利を望めぬ凄絶な防衛戦に身を投じていくことになるんですよ。地獄のマラソンのゴールがようやく見えてきたかと思ったら、いきなり目の前が崖になってノーロープでバンジージャンプを始めたみたいな衝撃ですよ。誰かに読ませて反応を見たいという点では今年ナンバーワンでした。

6. 『12ハロンのチクショー道』

またまた競馬もの。なんと競走馬に転生した男が主人公なんですが、本編はその「サタンマルッコ」と名付けられた規格外の競走馬を中心として、その周囲のさまざまな人たちの視点から語られる群像劇といったおもむきになっています。酸いも甘いも知っている長年の競馬ファンがディープに描き込みましたという感じの、『ブービージョッキー』とは好対照な作品だと思います。ぜひともセットで読んでほしいですね。

7. 『亡びの国の征服者』

昨年に引き続き、本当に素晴らしい完成度の高さでした。現代知識を上手く活かすタイプの作品で、若きリーダーとして社会を変革したり、戦争に赴いたりするところを描いているのですが、とにかく物語の幅が広いうえに、細かい部分まで作りが丁寧で、めちゃくちゃ面白いんですよ。転生もののマスターピースですよね。

8. 『8歳から始める魔法学』

主人公がいかにも学園ファンタジーの悪役的な「貴族のドラ息子」に転生する話なんですが、そこで単純に改心するというより「冷酷だがどこか一本筋の通った悪役キャラ」として育っていくんですよね。主人公のもともとの性格がちょっとドライだったりして。で、同級生に勇敢で正義感の強い、いかにも主人公的なキャラがいて、その二人がライバルとして張り合っていく。男と男の巨大感情ってやつですよ。学園青春ものとしても読める優れた作品でした。

9. 『エナメル』

生まれも育ちも頭脳も容姿も、あらゆるものに恵まれたヒロインが、しかし事故で下半身不随となり、その責任を負った主人公が彼女のワガママに応え続けるという、歪な関係を描いた青春ミステリ。殺人事件とかは起きないながらも、ちょっと嫌な気分になるような事件ばかりで、全体的に陰鬱な雰囲気があるんですけど、そういうベールを剥ぎ取ってみると、可愛いらしいくらいの恋愛小説だったりするんですよね。暗くて痛々しい青春ミステリ、大好きです。

10. 『転生したら皇帝でした』

こちらも転生ものですね。とにかく「政争」の部分に力を入れているのが特徴的な作品です。幼くして皇帝に即位した主人公が密かに実権を取り戻そうとする、というのが大まかな流れなんですが、大きな戦争よりも政治的な駆け引きのほうに重点が置かれていて、各国の歴史とか政治体制の説明にだいぶ紙幅が割かれていたりします。かなりスローペースで地味な作品なんですけど、歴史小説的な面白さもあってとても良かったです。

2022年ライトノベル10大ニュース

角川歴彦、逮捕

www3.nhk.or.jp
ラノベ業界を牛耳るKADOKAWAの会長であり、ライトノベルの歴史にも深く関わる存在であった角川歴彦が、東京オリンピック絡みの贈賄容疑で逮捕されました。出版業界的にもラノベ業界的にも激震が走った事件でしたね。まだ裁判も終わっていないのであくまで「容疑者」ではありますが、かつての「角川お家騒動」を考えると、歴史は繰り返すというか何というか、なニュースでした。

12年ぶりにスニーカー大賞の「大賞」が出る

sneakerbunko.jp
スニーカー大賞の「大賞」はなかなか出ないことで有名であり、しかもかつての受賞者には「吉田直」「安井健太郎」「谷川流」とレーベルの看板を張った作家が並ぶということで、ラノベ新人賞では随一というくらいのブランド力を持っています(そして歴代の受賞者全員が現在はスニーカー文庫で書いていないという呪いもある)。今回の受賞作も宣伝には非常に力が入っていましたが、さて肝心の作品は…どうだったでしょうか?

ソードアート・オンライン』の作中時間に追いつく

twitter.com
作中で「ソードアート・オンライン」が発売されたのが2022年10月31日だったということで当日は盛り上がりましたね。それっぽいジョーク記事も出ていました。いやしかし、現実のVR業界においてSAOがひとつの目標になっているというか、言うなれば「人型ロボット開発におけるアトムやドラえもん」みたいな立ち位置の作品になっていることは本当にすごいと思います。

にじさんじVtuber・来栖夏芽がラノベデビュー

dengekionline.com

Vtuberが書いたラノベ」は他にもいくつかあるんですが、やはり「業界大手にじさんじのライバーがラノベ作家デビュー」というニュースにはインパクトがありました。どうも配信中に書いていた短編小説が編集者の目に止まったのがデビューのきっかけらしいですね。あくまで個人としてデビューしただけで、にじさんじKADOKAWAの共同事業とかではない、というのも興味深いところです。

ちなみに「にじさんじKADOKAWAの共同事業」もちゃんと別にあって、『Lie:verse Liars』Vtuberを俳優のように起用するというコンセプトのメディアミックス作品だそうです。その小説版がカクヨムに掲載されていたりします。

アニメ『リコリス・リコイル』がヒットしてノベライズもヒット

www.animatetimes.com

ベン・トー』などで知られるラノベ作家・アサウラがストーリー原案を担当したアニメ『リコリス・リコイル』は今年のオリジナルアニメのなかではかなり評判となった作品ですが、そのノベライズをアサウラ自身が担当してそちらもかなり売れたと話題になりました。アサウラのデビュー作がまさに「百合と銃」の話だったのを遠い昔のことのように思い出しますね。

読者投票の短編コンテスト「MF文庫evo」開催

kimirano.jp
龍皇杯!おまえ龍皇杯じゃないか!久しぶりだな!というわけで、「プロ作家の短編コンテスト」「優勝作品は長編化して刊行」というMF文庫Jの企画が開催されました。今回の優勝は綾里けいしの『魍魎探偵今宵も騙らず』。順当だったのではないでしょうか。とても楽しかったので来年の開催も期待したいところですが、次は作家名を隠して匿名でやってほしいですね。

個人的には『少女人狼♥愛されピンク』『かいじゅうのせなか』が好みでした。

『月とライカと吸血姫』が星雲賞を受賞

www.sf-fan.gr.jp
日本SF大会の参加者の投票によって選ばれる歴史あるSF賞「星雲賞」の日本長編部門を『月とライカと吸血姫』が受賞しました。おめでとうございます。とはいえ星雲賞はイメージほどお堅い賞ではないので『月とライカ』の受賞もそれほどの驚きではない感じはします。いやでもそういえばSAOとかは受賞してないんですっけ(追記:完結作品限定なんでしたっけ? それはすみませんでした)。

無料ラノベアプリ「電撃ノベコミ」クローズ

dengekibunko.jp
昨年の10大ニュースで「漫画でよくあるいろんな作品を無料で公開して一話ごとに購入もできるアプリのラノベ版」として取り上げましたが敢えなくサービス終了してしまいました。やっぱり電撃文庫単体でやったのがよくなかったんじゃないですかね。KADOKAWA全体でやれば確実に成功する…とまでは言えないですが、成功確率は上がったと思うんですけどね。

美少女文庫」休刊?

www.bishojobunko.jp
フランス書院のジュヴナイルポルノレーベル「美少女文庫」の新刊が今年8月で止まっているようです。どうも「フランス書院eブックス」という電子書籍レーベルに統合されたみたいですね。ジュブナイルポルノはあまり詳しくないのですが、美少女文庫のライバルだった「二次元ドリーム文庫」もわりと刊行ペースが落ちているという話なので、業界に地殻変動が起きているのかなあと思いますね。

ラノベのアニメ化が激増

kazenotori.hatenablog.com
傾向としては去年からのようですが、去年の「10大ニュース」には入れてなかったので今年分に入れておきましょう。詳しくはリンク先の記事に書いたのでどうぞ。


去年までの年間ニュースはこちらからどうぞ。
10大ニュース カテゴリーの記事一覧 - WINDBIRD::ライトノベルブログ

第二次ラブコメラノベブームとは何だったのか

はじめに

ご存知のとおり、現在のラノベ業界は「ラブコメブーム」真っ盛りです。2000年代に起きたものを「第一次ブーム」とすると、今回は「第二次ブーム」ということになるでしょう。まだまだなろう系の勢いも健在という中で、いかにして「ラブコメブーム」が起きたのか、それはいったいどのようなブームなのか、というところを、個人的な史観をまじえて語ってみたいと思います。よろしくお願いします。

前史「第一次ラブコメラノベブーム」

大雑把には、90年代のラノベ業界はファンタジーやSFが強く、1998年の『ブギーポップは笑わない』を画期として現代ものが流行りはじめ、それを受けて2000年代前半に『灼眼のシャナ』[2002年]や『とある魔術の禁書目録』[2004年]といった異能バトルの流行があり、その後に第一次ラブコメブームが到来した、というのがラノベ史の概略となります。

もちろん90年代〜2000年代前半にも、ブギポと同期の『僕の血を吸わないで』[1998年]、ファンタジーブコメの『まぶらほ』[2001年]、性と青春を描いた『ROOM NO.1301』[2003年]、俺妹に先駆けたオタクラブコメ乃木坂春香の秘密』[2004年]などのラブコメは存在していました。ファンタジーがいきなり途絶えたとか、それまでラブコメがまったく無かったとか、そういうわけではないのです。すべてはグラデーションです。

ただし、そうしたなかで「ブームの起点」を定めるならば、エロゲ業界の出身でのちに『とらドラ』を大ヒットさせる竹宮ゆゆこの『わたしたちの田村くん』が好評を博し、また第一次ラブコメブームを牽引したMF文庫Jが第1回新人賞にて『かのこん』『クリスマス上等。』を受賞させた、2005年になるのではないかなあ、と思います。

では、2005年以前と以後で何が違ったのでしょうか?

第一次ブーム前後のラブコメ

それ以前のラブコメは『うる星やつら』や『天地無用!』などの影響を受けた「少し不思議なラブコメ」が多かったように思います。物語の中心に何らかの超常要素があり、全体的に「ラブ」よりも「コメディ」要素が強くて、あるいは「バトル」展開なんかも入ってくるようなイメージですね。

しかし2000年代の半ばになると、エロゲブームの影響もあってか、超常要素のない学園ラブコメが増加していきます。『わたしたちの田村くん』はその代表格で、『とらドラ』と比べればマイナー作品ですが、初めて読んだときの「これまでとは出自の違うものが出てきた」感は今でも思い出されます。

忘れてはいけないのは「ツンデレ」の登場です。これもまたエロゲ文化の産物でした。それは単に「ツンデレ」という要素が流行ったというだけでなく、さまざまなキャラクター類型を「萌え属性」として括り、さらにそれを捻って新たな「萌え属性」を作っていく、というムーブメントを生み出したのです。当時のラブコメ作者たちは全く新しい奇妙奇天烈なヒロインをいかに生み出していくかというところに力を注いでいたように思います。

そういうわけで、2000年代の典型的なラブコメというのは、学校の部活や委員会などの狭い関係性のなかで、一人の男主人公に対して、「萌え属性」の異なるヒロインが複数配置され、誰とくっつくかわからないいわゆる「ヒロインレース」状態となり、ヒロインひとりひとりに対して、ちょっと切ないエピソードや、青春っぽいシナリオが繰り広げられる、というようなものだったわけです(あくまでイメージです)(当てはまらない作品もたくさんあります)。

と、ここまで「エロゲ」の影響を強調してきましたが、ちょっと補足すると、よく言われるような「エロゲライターがラノベ業界に流入してラノベがエロゲ化した!」といった言説はやや単純化しすぎではないかと思います。

たとえば、エロゲ出身のラノベ作家は、先述したような「エロゲっぽいラブコメ」を作っていることが意外と少ないように思います*1

あるいは、アニメ『らきすた』[2007年]の影響を受けて書かれた『生徒会の一存』[2008年]が、「日常系ラノベ」と呼ばれる短編会話劇フォーマットを発明し、のちに『はがない』などのフォロワーを生み出したことなどは、エロゲよりも萌え4コマ漫画の影響が表れた顕著な例と言えるでしょう。

2010年代前半のラブコメ事情

第一次ラブコメラノベブームは『俺妹』[2008年]や『はがない』[2009年]あたりが爛熟期で、2010年代に入ると「なろう系」に取って代わられるかたちで衰退していきました。

ただし、その頃になるとラノベ業界は市場規模も刊行点数も遥かに巨大化していましたから、一口に「ブーム」と言っても2000年代の「異能バトルブーム」や「ラブコメブーム」と、2010年代の「なろう系ブーム」は比べ物にならないくらい後者のほうがデカいですし、「衰退」と言っても2000年代前半とかよりはラブコメの熱量がぜんぜん残っていた、ということは申し添えておかねばなりません。

たとえば2010年代前半のラブコメと言えば『俺ガイル』[2011年]と『冴えカノ』[2012年]の二大作品があり、さらには『エロマンガ先生』[2013年]・『ゲーマーズ』[2015年]・『妹さえいればいい』[2015年]のような、2000年代に実績をつくった人気作家の新作も出ていました。どこが衰退しているんだ、という感じですが、しかしその一方で「なかなか新しいラブコメが出てこない」「新人作家がラブコメで売れるのは難しい」というような空気も確かにあったのです。

ただ、ラブコメのなかでも「青春」要素の強いラブコメは、『俺ガイル』を筆頭に一定の存在感を保っており、特に2000年代後半から2010年代前半にかけてのファミ通文庫の奮闘は強調しておきたいところです。『ココロコネクト』[2010年]・『ヒカルが地球にいたころ……』[2011年]・『ヴァンパイア・サマータイム』[2013年]・『この恋と、この未来。』[2014年]・『近すぎる彼らの、十七歳の遠い関係』[2016年]など、ラノベ史に残る傑作を次々と送り出していました。まあ、いまではすっかりガガガ文庫にお株を奪われてしまいましたが…。

ラノベに先行した「ラブコメ漫画ブーム」

少し目線を変えて漫画業界のほうでは、2010年代に入ってからラブコメ人気に火が付いたように思います(もともと人気のあるジャンルだろと言われたらそうなんですが)。そのきっかけとなったのは『からかい上手の高木さん』[2013年]でしょう。主人公とヒロインのちょっと特殊な関係から繰り広げられる会話劇。そのスマッシュヒットにより、漫画業界では『かぐや様』[2015年]・『古見さん』[2016年]・『長瀞さん』[2017年]・『宇崎ちゃん』[2017年]など、タイトルにヒロインの名を関した「○○さん系ラブコメ」が続出することになりました。

また『長瀞さん』『宇崎ちゃん』がまさにそうですが、PixivやTwitterに数ページの漫画が投稿されてバズり、それが出版社にスカウトされて商業誌デビューする、という事例が増加しました(なろうブームに似てますね)。そのため1ページだけで読者をつかめるようなインパクトの強い設定、キャラの多いハーレムものよりも「主人公とヒロインの1対1の関係性」が重視されるようになり、そのためかキャラが「萌え属性」で分類されることはほとんど無くなっていきました。上記の作品も2000年代なら確実に「からかいデレ」「サドデレ」「ウザデレ」みたいな呼称がつけられていたでしょう。

「第二次ラブコメラノベブーム」はいつごろから?

というわけで、ようやくの本題、第二次ラブコメラノベブームの話に入っていきます。

第二次ブームの「起点」を求めるならば、個人的には2016年を選びたいですね。

先述したとおり、「人気作家でないとラブコメは厳しい」という空気があったなかで、2016年に『俺を好きなのはお前だけかよ』『弱キャラ友崎くん』『俺が好きなのは妹だけど妹じゃない』など、新人賞作品を中心にいくつかの話題作が登場し、それがラブコメ復活の予兆として感じられたのです。

また同年に、主人公が29歳の社会人というラブコメ『29とJK』が登場しているのも見逃せません。かつてのラノベ業界には「ラノベの対象読者は高校生なのだから主人公も高校生でなければならない」というような無根拠な決めつけがあったのですが、なろう系やライト文芸の登場を経て、「別に主人公の年齢が高くてもよくない?」という空気が生まれたように思います。

次のターニングポイントは2018年、『継母の連れ子が元カノだった』と『ひげを剃る。そして女子高生を拾う。』の刊行でしょうか。そう、カクヨム発ラブコメの登場です。2016年のサービス開始以来、カクヨムは「うちは異世界転生以外でも書籍化するんですよ」というアピールのためか、SFとか現代ものとかをよく書籍化していたのですが、そうした動きのなかから(ライバルの「なろう」に先行して)ラブコメに強みを見せはじめたという感じがします。

そのなかで注目すべき作家としては「九曜」を挙げたいですね。九曜の『佐伯さんと、ひとつ屋根の下』[2017年]や『廻る学園と、先輩と僕』[2018年]は、カクヨムから書籍化された学園ラブコメの最初期の例でありつつ、実は2011年ごろから「小説家になろう」に投稿されていた作品でもあるんですよね。2014年に書籍化された『その女、小悪魔につき――。』とも合わせて、「なろう」における転生などが絡まない現代ラブコメとしては当時トップクラスの人気がありました。2010年代前半の「なろう」から2010年代後半の「カクヨム」までのそのパイオニアとしての功績は強調しておくべきだろうと思います。

そして2019年の『友達の妹が俺にだけウザい』『幼なじみが絶対に負けないラブコメ』『千歳くんはラムネ瓶のなか』のスマッシュヒットが多くの人に「ラブコメブーム」を印象付けたと思います。「起点」に対する「本格化」。2016年がホップ、2018年がステップ、2019年がジャンプ、という感じですかね。

2020年には『お隣の天使様にいつの間にか駄目人間にされていた件』が刊行されます。この作品こそ「なろう」における現代ラブコメのいわば「中興の祖」であり、もちろん「なろう」の中では(異世界転生などに比べれば)傍流ではあるのですが、ここからなろう系ラブコメも続々と書籍化されていった感があります。

といったわけで、「新人賞発ラブコメ」「カクヨム発ラブコメ」「なろう発ラブコメ」といった複数の流れが2010年代後半に合流してできたのが「第二次ラブコメラノベブーム」である、というふうにまとめられるのではないでしょうか。

「第二次ラブコメラノベブーム」の特徴

まず第一に「ラブコメ漫画ブーム」の影響を受けているということは言えると思います。すなわち主人公とヒロインが最初から惹かれ合っていてヒロインレース状態にはならない。どちらかというと甘々でラブラブな作品が多い。つまり「多様な萌え属性を見せるハーレム」よりも「主人公とヒロインの1対1の関係性」に凝った作品が流行っているということです。

具体的なジャンルを挙げると、まずは『29とJK』『ひげを剃る。そして女子高生を拾う。』『ちょっぴり年上でも彼女にしてくれますか?』のような年の差ラブコメですね。第一次ブームでは「ロリヒロイン」の作品もありましたが、それらは年の差を企図するというより、単にヒロインを幼女にしたいというだけでした。対して第二次ブームでは「サラリーマンと女子高生」や「男子高校生と女教師」など設定が多様になっています。さらに主人公が社会人ということで「お仕事もの」の側面が強い作品も出てきました。

もうひとつの流れが、2010年代のラブコメ不遇の時期を耐え忍んで開花した「青春ラブコメ」で、ガガガ文庫の『俺ガイル』→『友崎くん』→『千歳くん』という流れが一つの軸となっています。とは言いつつも、現在のラブコメにはだいたい青春要素というか、恋愛小説的なシリアス要素が含まれている感じもあります。「コメディ要素なんかほとんど無いのにラブコメって何やねん」とはしばしば議論になるところではありますが。

Web発ラブコメでは「マンションの隣の部屋」や「教室の隣の席」といったような設定が多く見られます。「同居もの」も方向性としては同じかもしれません。「お隣さんラブコメ」などと総称されるわけですが、それってラブコメの定番じゃねえの?と思いつつも、第一次ブームでは「複数のヒロインが集まる場所」として謎部活の部室などが選ばれていたことを考えると、なるほど1対1ラブコメだなという感じですよね。それこそ『からかい上手の高木さん』がその類型ですし。

それとWeb発でよく見かけるのは『時々ボソッとロシア語でデレる隣のアーリャさん』[2021年]のような「ツンツンしたヒロインの本心が俺にだけはわかる」とか「クールなヒロインが自分にだけ優しい」みたいな設定ですが、うーん、でもまあこれも昔からの定番だと言われればそのとおりで、ただわざわざ長文タイトルで設定を開陳してしまうことで、実際以上に露骨さを強く感じるっていうのはあるかもしれません。

「幼馴染」という属性は、2000年以前には無敵の強さを誇りつつも、ツンデレブームによりその地位を低下させ、2010年代には「負けヒロイン」の代表格にまで落ちぶれていましたが、第二次ブームではわりと復権している気がしますね。「男友達のように思っていた幼馴染を意識するようになる」とか「オンラインゲームで仲良くなったプレイヤーが実は幼馴染だった」といった設定をよく見かけたり。一方で「幼馴染ざまあ」みたいな屈折したジャンルも生まれていたりしますが。

『継母の連れ子が元カノだった』[2018年]や『カノジョに浮気されていた俺が、小悪魔な後輩に懐かれています』[2019年]に代表されるような「元カノ」という題材もそうですね。「幼馴染ざまあ」ともちょっと共通性を感じるところですが。かつては何となく「主人公は冴えない童貞でなければならない」みたいな決めつけがあったのに対し、「主人公がそこまでモテないわけじゃないので当たり前に元カノもいる」というのは興味深い特徴の一つかなと思います。あるいは主人公が大学生や社会人ならそりゃ元カノの一人や二人はいるだろうという話でもあるかもしれません。

『高2にタイムリープした俺が、当時好きだった先生に告った結果』[2018年]のような人生やりなおし系もちょくちょく見かけますね。「タイムリープ」というよりも「逆行」として捉えると、なろう系の元となった二次創作SSの伝統を引き継いでいるわけで、「ラブコメという題材をなろう系の範囲でアレンジした結果」という感じがします。

あと、これは入間人間とみかみてれんが奮闘しているだけかもしれませんが、「百合」という題材がようやくラノベでも一般化してきた感じがします。いや、もちろん百合ラノベがこれまでに無かったわけでもないんですが、なろう系の流行のなかで多くの「女性主人公の少年向け作品」が出てくるようになって、「ラノベで女主人公は売れない」とか「ラノベで百合は売れない」とかいう無根拠な決めつけが崩れていったのではないかと感じるわけです。無根拠な決めつけがいろいろある業界なんすよラノベ

最後に『カノジョの妹とキスをした。』[2020年]や『わたし、二番目の彼女でいいから。』[2021年]あたりから盛り上がりを見せている「不純系」「背徳系」と呼ばれるようなジャンルについても触れておきましょう。つまり「浮気」や「修羅場」的な題材を扱った作品群なのですが、「1対1の甘々ラブコメ」が流行っているからこそ、それをメタるために出てきた感じがします。ツンデレのあとにヤンデレが出てきたみたいなものでしょうか。

というわけで

ざっと流れを見てきましたが、基本的には「漫画での流行がラノベに波及した」という捉え方でいいと思っています。ただ、その波及の仕方が単線的ではなく、Web小説コミュニティなどを経由したことで複雑化したというか、ジャンルとしての幅が広がっていったというのが、第二次ブームの特徴ではないだろうかと思います。

とはいえ、1対1ラブコメはわりと出オチになりがちというか、一話が短い漫画でならテンポよく読めても、ラノベで10巻20巻と続くというのはあんまり想像できない感じもするので、今後もブームが続いていくならそのあたりがボトルネックになっていくかもしれません。ハーレムありバトルありのドタバタラブコメみたいなやつもそろそろ読んでみたい気がしますね。

*1:ゼロの使い魔』は大長編ファンタジー、『神様家族』は古風なジュブナイル、『GOSICK』は近代が舞台のミステリ、『とらドラ』もかなり青春小説みが強く、『文学少女』シリーズは青春ビブリオミステリ、『人類は衰退しました』はシュールなSFで、『ようこそ実力至上主義の教室へ』は学園サスペンス。

『このライトノベルがすごい!』のランキングを変えてほしい

今年も『このライトノベルがすごい!』が発売されました。既存の作品に贈られる「文学賞」的なものが少ないラノベ業界にあって、最も規模が大きく最も注目度が高いイベントといえるでしょう。

んで、毎年思うんですが、やっぱりWeb票って要らなくないですか???

宝島社の『この○○がすごい!』シリーズは、『このラノ』の他に『このミステリーがすごい!』や『このマンガがすごい!』があるんですけど、その二つはどちらも書評家なり書店員なりの「プロ」「マニア」にしか投票権が無いんですよね。一方で『このラノ』だけは、プロやマニアなどのいわゆる「協力者」の投票の他に、「Web上で誰でも投票できるアンケート」というのが加味されているわけです。

例として(今年の投票結果をいきなりネタバレするのもアレなので)昨年のトップ5を挙げてみます。

2021年のWebアンケートランキング

  1. ようこそ実力至上主義の教室へ
  2. 千歳くんはラムネ瓶のなか
  3. 探偵はもう、死んでいる。
  4. お隣の天使様にいつの間にか駄目人間にされていた件
  5. 本好きの下剋上

2021年の協力者ランキング

  1. 春夏秋冬代行者
  2. ミモザの告白
  3. プロペラオペラ
  4. 千歳くんはラムネ瓶のなか
  5. 佐々木とピーちゃん


Webアンケートのほうで選ばれるのは、すでにアニメ化されて放送されている、あるいはアニメ化の予定が決まっているような人気作品が多いです。どちらかというと「私はこの作品が好きなんです!」と推しへの愛情をアピールするような場になっていて、何年にも渡って同じ作品が票を集める傾向があります。

協力者が選ぶのは基本的に「もっと評価されるべきだ」「もっと売れてほしい」という作品です。つまりアニメ化しているような作品は「すでに評価されているから」ということで避けられ、また「この作品は去年投票したから今年は別の作品に投票しよう」という意識も働くので、毎年の順位の入れ替わりが激しいです。

問題は、このまったく傾向の異なる二つの投票結果がまとめられて、無理やり一つのランキングにされていることです。一般に「このラノ1位」とか言われて大きく扱われるのは、その「合算ランキング」のほうになります。「合算ランキング」の順位は飛び抜けて注目度が高く、その順位だけがメディアに取り上げられて広まっていきます。

2021年の合算ランキング

  1. 千歳くんはラムネ瓶のなか
  2. 春夏秋冬代行者
  3. ようこそ実力至上主義の教室へ
  4. ミモザの告白
  5. プロペラオペラ


見てのとおり、配分としては協力者票のほうが重いのですが、そこにぜんぜん毛色の違う作品が混じってくるかたちになっています。いかにもどっちつかずで中途半端です。

ちなみに『千歳くんはラムネ瓶のなか』は一昨年も1位を獲っていますし、『ようこそ実力至上主義の教室へ』は2017年と2022年にアニメ化されている作品です。協力者からすると「もう人気あるんだから貴重な上位の枠を奪うなよ」という感じですし、Web投票者からすると「よう実の得票数は圧倒的なのにどうして合算では1位を取れないんだ」と不満を募らせることになります。いびつなランキングが不和を生んでいるのです。

このラノ』は何のためにこんなことをしているのでしょうか?

私は協力者の投票結果のほうが『このラノ』の趣旨に沿っていると思っています。『このラノ』はガイド本であり、その役割は「まだ知られていない作品をラノベ初心者に向けてオススメすること」だからです。同じ作品を毎年のように1位にしてプッシュすることに何の意味があるのかわかりません(『このラノ』側もそう思っているから「殿堂入り」というシステムを採用しているのでしょうけど…)。

ただまあ、別に編集部が「このラノはマイナー作品を発掘する企画ではなく純粋な人気投票だよ!」というならそれでもいいんですよ。どちらにせよちゃんと企画としての方針を統一してほしい。せめて無理やり「合算」するのはやめてほしいと思うのです。よろしくお願いします。

余談。いちおう断っておくと、私は何年も前に協力者を辞退しているので、去年も今年もWebから投票していました。自分が協力者だから「協力者を優遇しろ」と言っているわけではありません。あしからず。

ラノベのアニメ化が激増している件

どれくらい増えたのか?

まずはライトノベルのアニメ化作品一覧 - Wikipediaをもとに、2010年以降のラノベアニメの年間作品数を数えてみました。「テレビアニメ」しか数えていないので劇場版やOVAは除外です。ちなみに「新作」というのは要するにシリーズ二期とか三期とかを除外した数です。2022年の数値はこれから始まる秋アニメの数も加算しています。数え間違いがあったらごめんなさい。

ラノベアニメ作品数 うち新作
2010年 13作品 12作品
2011年 19作品 18作品
2012年 25作品 19作品
2013年 31作品 22作品
2014年 27作品 19作品
2015年 27作品 21作品
2016年 19作品 15作品
2017年 21作品 18作品
2018年 26作品 19作品
2019年 23作品 19作品
2020年 19作品 13作品
2021年 35作品 25作品
2022年 33作品 24作品


体感的に「最近アニメ化多いなあ」と思って調べはじめたんですけど、実際に数字を見ると思った以上に増加していて驚きましたね。全体的に波があるとは言え、2018年から2020年まで徐々に落ち込んでいってからの、いきなり連続で30作品超え、というのはインパクトがあります。

「アニメ制作業界」動向調査(2022)

TVアニメ全体の制作本数も増えているのか?と思って調べてみましたが、肝心の2021・2022年がまだ集計されていなかったので何とも言えませんでした。ただ、過去の推移を見てみると、2018年〜2020年に落ち込んでいるところは重なるものの、それ以外のところでは「テレビアニメが増えればラノベアニメも増える」と言えるほど、わかりやすく連動しているわけではないようでした。

さて、ラノベアニメの増加がとりあえず立証されたところで、その理由を考えてみましょう。

ラノベのコミカライズの増加

ラノベのアニメ化の増加」の前段階として、2017年ごろから「コミカライズ」、つまり「ラノベの漫画化」の増加が話題になっていました。

ラノベニュースオンラインによれば、

2017年に連載がスタートしたコミカライズ作品は、昨年の1.5倍を超えて130作品に迫る新連載がスタート。うちWEB発となるライトノベルを原作とした作品の割合は約8割という驚異的な数字を残した。

ライトノベルニュース総決算2017 今年も続いた創刊ラッシュ、コミカライズも130作品に迫った一年 - ラノベニュースオンライン

2018年は昨年を軽々と追い抜く新連載200作品超えを果たしている。上半期の時点で100作品を超え、その勢いのまま年末まで駆け抜けた。コミカライズの作品規模は一昨年から比較すると約3倍と凄まじい速度で広がりをみせている。

ライトノベルニュース総決算2018 コミカライズ新連載は200作品超、1,000万部突破作品が2シリーズ登場した一年 - ラノベニュースオンライン

2019年もコミカライズの勢いは一切衰えることはなかった。2017年からの3年間で、600本近いコミカライズの新連載は、コミック業界としての大小はあるにせよ、ラノベ側からはまさに「怒涛」という言葉に尽きる。昨年の200作品を遥かに超えた270作品以上の新連載が動き出し、あらゆる漫画媒体でラノベ原作のコミカライズを見ないことの方が少ないくらいである。

ライトノベルニュース総決算2019 年間コミカライズ新連載は300作品目前、ラブコメ作品への注目度が高まった一年 - ラノベニュースオンライン

ということで、2017年には130作品、2018年には200作品、2019年には270作品ものコミカライズ作品が新しく連載開始していたというわけです。

ラノベ」と「コミカライズ」の関係の変化

昔は人気作品だけがコミカライズされていましたよね。コミカライズは、アニメ化に向けての一つのステップ、あるいはアニメ化合わせで開始するもので、そのためコミカライズ作品もそれほど多くはありませんでした。

しかし「紙の漫画雑誌から漫画アプリへの移行」と「なろう系ブームの漫画業界への波及」によって、その状況は変わっていきます。

漫画業界では、Web漫画サービスや漫画アプリが主流となり、紙の雑誌にあったような連載数の上限がなくなってきています。それどころか、漫画アプリでは毎日なにかしらの作品を更新する必要があるために、さらに膨大な弾数が求められるようになっています。そこで原作供給源として白羽の矢が立ったのがライトノベルだったのでしょう。

特に「なろう系」作品が多くコミカライズされているのは、もちろんなろう系アニメがいくつもヒットしていて需要が高まっているということもあるでしょうが、加えて「膨大な原作ストックがある」ということも大きいのではないでしょうか。

従来のラノベであれば刊行は不定期で、作者がスランプにでも陥ればどんなヒット作でも年単位で新刊が出ないことがある、よってコミカライズのほうも先行き不透明な中で連載を続けなければいけない、というような状態になりえました。しかしWeb系ラノベは「Web版」という原作があるために書籍の刊行ペースも早いですし、仮に書籍化のほうが途中で打ち切られてしまってもコミカライズ側は連載を続けることが可能になっているのです。

近年では「書籍化」と「漫画化」が同時に行われることも増えてきました。これも「原作」があるからこそできる力技と言えるでしょう。

「コミカライズ」が当たり前となった時代

ラノベ業界側でも「書籍化だけして終わりではなくコミカライズなどもやって多角的に売り出していくのが当たり前」「書籍化とコミカライズはワンセット」という認識になってきているように思います。Web小説サイト上で開催される新人賞コンテストでも「優秀作品は書籍化だけでなくコミカライズを確約」というものが出てきています。

「売れたからコミカライズする」から「売るためにコミカライズする」への転換、とでも言えばいいでしょうか。

「Web小説→ラノベ→漫画→アニメ」とステップを踏んでメディアミックスされていくような形ではなく、「Web小説」という原作を売り出すために「書籍化」と「漫画化」が同列に進行している、というような形になっているように思うのです。

コミカライズからのアニメ化

そして現在、「これは『ラノベのアニメ化』というより『ラノベのコミカライズ作品のアニメ化』なのではないか」と思われる事例が増えています。

たとえば、アニメ公式サイトにおいて、原作を出している出版社ではなく、コミカライズを担当している出版社の名前がクレジットされていたり。たとえば、ラノベレーベルの公式アカウントではなく、コミカライズを担当している編集部のアカウントでアニメ化の発表がなされたり。たとえば、アニメ化が決まった時点でとっくに原作の刊行が止まっており、コミカライズ作品だけが連載中であったり。

どう見ても「ラノベのコミカライズ作品のアニメ化」なんですよね。

もちろん、従来どおりの「ラノベのアニメ化」も無くなったわけではありません。つまり「売れたラノベがアニメ化される」ルートに加えて、「ラノベが売れなくてもコミカライズ作品が売れていればアニメ化される」ルートが開通して、単純にアニメ化チャンスが倍増しているというか、そんな感じになってるんじゃないかなと思うわけです。

あとは

アニメ業界側からすると、海外向けのアニメ市場が拡大しているなかで、海外人気の高いなろう系作品をアニメ化したがっている…みたいな事情もあるんでしょうか。そのあたりはよく知らないので軽く触れるだけで済ませますが。

というわけで

ラノベのアニメ化が激増した」というのは「ラノベのコミカライズが激増してそっちからもアニメ化されるようになったから」ではないか、というお話でした。

それってそもそも「ラノベのアニメ化」と言えるのか?実質的に「漫画のアニメ化」なんじゃないの?という疑問はありますが、そこはまあ「全体としてそのコンテンツが売れるなら起点がどこかなんてどうでもよくない?」と考えるのが現代的なのかもしれませんね。