以前、ライトノベルのオールタイム・ベストを考えたことがありました。
kazenotori.hatenablog.com
これは当時、中津宗一郎氏が「ライトノベル名作150選をつくる」ということを発表されていまして、それに乗っかって自分でも100作ほど選んでみようということだったんですが、その中津氏がつくっていた「ライトノベル名作150選」が「500選」になって『ライトノベル大全』という名前で実際に出版されました。
私自身はまだ購入しておらず、BOOK☆WALKERで電子版が出たら買うかも、という感じなので話題にするのはちょっと気まずいのですが、どういった作品が収録されているかは公式サイトで発表されているので、自分が選出したオールタイム・ベスト100に入っていて、『ライトノベル大全』には入っていない作品をいくつかピックアップしてみようかなと思います。
マリア様がみてる
『大全』は少女ラノベを扱っていないので、『十二国記』も『まるマ』も『少年陰陽師』も『彩雲国物語』も、そして『マリみて』も収録されていません。仮に少女ラノベをパージするにしても、男女問わず人気のあった『マリみて』くらいは入れてしかるべきではないかという気もします。
さて『マリみて』は、女学校における疑似姉妹・疑似恋愛関係を描いた「エス」と呼ばれるような作品の系譜にあります。『マリみて』自体はわりとコミカルで、かなりマイルドに仕上がっているのですが、だからこそ女性だけでなく男性向けにも大人気となったのかもしれません。『マリみて』人気に後押しされて『コミック百合姫』が創刊されたことも含め、『マリみて』がオタクのあいだに「百合」を広めていく契機となったのです。少女ラノベ史においても、百合史においても、記念碑的な名作だと言えるでしょう。
とはいえ、『マリみて』自体の存在感で言えば、近年は意外と薄いかもしれません。続編やリメイクなどの供給がないということもあります。また「百合」というジャンルはすっかり男性オタクのあいだにも広まりましたが、その過程で「エス」的なものは脱臭されていったように思います。あるいは「百合」のかたちが多様化した結果として、「エス」的なものだけではなくなったと言うべきでしょうか。
GOTH
『大全』では、乙一の作品は『夏と花火と私の死体』と『失踪HOLIDAY』の二作が収録されているようです。まあそのチョイスは分かりますよ。でも自分のなかでは乙一といえば『GOTH』なんですよね。
『GOTH』は、人間の異常性、特に「死」や「殺人」に魅入られた二人を主役としたミステリで、この当時の世相が反映されています。世相というのはつまり、金融機関が次々と破綻し、未曾有の震災があり、カルト教団が毒ガスを撒き、終末の予言が信じられ、誰もが慄く連続殺人の犯人が中学生だったという、あの時代のことです。
「ナイフ」は殺人衝動の象徴として描かれる。同時代の『戯言』も『空の境界』もそうです。でも異常者が人を殺してまわるようなスリラーサスペンスじゃない。異常性をことさらアピールしていくサイコホラーでもない。もちろん周囲と比べれば異常だけれども、自分のなかではそれは当たり前のことであって、だからその衝動と上手くつきあって社会に合わせていくしかないという、「落ち着いた異常性」とでも言うべきものが描かれるわけです。そういった「あの時代」の作品群のなかの傑作として『GOTH』は位置づけるべきなんだと思いますね。
NHKにようこそ!
『大全』では滝本竜彦は『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』のほうが収録されているらしい。まあ確かに作品としては私もそちらのほうが好きですよ。でも滝本竜彦の代表作といえばやはり『NHKにようこそ!』のほうじゃないですかね。漫画やアニメもヒットしましたしね。
滝本竜彦は、「元・引きこもりのエヴァマニアのオタク」として鮮烈にデビューした人で、まだオタクに市民権のない時代においては一廉の存在感があったというか、2000年代前半はインターネットの普及期であり、2chの拡大期であり、エロゲの最盛期であり、アングラとしてのオタク文化の成熟期であり、だから何人か「若いオタク論客」的な存在がいたんですけど、そのうちの一人ではあったんですよね。
そうした中で、特に『NHKにようこそ!』は、オタクカルチャーをネタにした最初期のラノベとして位置づけるべきでしょう。たとえば『乃木坂春香の秘密』は、オタクをネタにしたラブコメとして『俺妹』に先行しているのですが、それが当時でも目新しさを感じられなかったのは、それ以前に『NHKにようこそ!』があったからだとも言えるのではないでしょうか。
マルドゥック・スクランブル
『大全』では、冲方丁では『シュピーゲル』シリーズがピックアップされているらしいですが、でも登場のインパクトでは『マルスク』のほうだよなあ、と思います。
「越境」というムーブメントがありました。ライトノベル作家が一般文芸へと進出することを指します。2000年代半ばから大々的に行われるようになり、桜庭一樹が直木賞を取ったり、有川浩の『図書館戦争』がヒットしたりして、最終的には「ライト文芸」という領域の創出につながり、いまでは「ラノベ作家が一般文芸も書いている」のは当たり前だとして、あえて「越境」なんて言うこともなくなりました。
『マルドゥック・スクランブル』、あるいは「冲方丁」という作家そのものが、その越境の代表格だったんですよね。2003年にハヤカワが「次世代型作家のリアル・フィクション」と銘打ったキャンペーンをやって、その最初のラインナップに『マルドゥック・スクランブル』があり、それが大好評を得たことでライトノベルとSFは(もとから親和性は高かったのですが)ますます緊密になっていったというわけです。
あとは個人的に思い入れがあるわけではないが「これ入らないんだ?」と思った作品。
魔弾の王と戦姫
2010年代の戦記ファンタジーラノベから一つだけ選ぶとしたら、『魔弾の王と戦姫』か、それとも『天鏡のアルデラミン』か、という話だとは思うんですよね。個人的には『アルデラミン』はもちろん大好きな作品なので、『大全』がそちらを選んだことに異議はないのですが、『魔弾の王』が先鞭をつけたという功績は強調しておくべきだろうと思います。
戦記ファンタジーについては以下の記事でざっくり語っています。
2020年代前半の「戦記ラノベ」についてオススメなどを語る - WINDBIRD::ライトノベルブログ
乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…
こちらも、悪役令嬢ものの系譜から一つだけ選ぶとしたら、『謙虚、堅実をモットーに生きております!』か、それとも『はめふら』か、という話なんでしょうね。『大全』は先駆者としての『謙虚堅実』を選んだようですが、世間に広めたのは『はめふら』のほうなんですよね。なにより『謙虚堅実』は出版されていないとこらが難しく。「なろう史」においては確実に『謙虚堅実』が挙がるでしょうが、「ライトノベル史」においては『はめふら』を語るべきではないか、という気もしますね。
悪役令嬢ものについては以下の記事でざっくり語っています。
悪役令嬢は「小説家になろう」において如何にして生まれたか? - WINDBIRD::ライトノベルブログ
君の膵臓をたべたい
『大全』って、ライト文芸を取り上げることに躊躇はないようだけど、それなら『キミスイ』は確実に入るでしょうと思うんですけどね。「なろう」発でトリプルミリオンですよ。ラノベ史どころか日本文学史にも記されるのではないだろうか。
わたしの幸せな結婚
こちらも近年のライト文芸を代表するヒット作で、『大全』に入らないのは不思議ですね。あ、もしかして「少女ラノベ」判定なのか?
ついでに自分のライトノベル・オールタイム・ベスト100には入れていなかった(補足で書いてはいた)が、500作品も選ぶなら『大全』に入れてほしかったなあ、という作品。
ぼくと魔女式アポカリプス
個人的には思い入れの深い作品なんですよ。2000年代の「学園異能」というジャンルを代表する作品で、そもそも「学園異能」というジャンル名が生まれたのはこの作品がきっかけですしね。暗黒魔法少女ものの先取りですし(『りすか』のほうが先行していますが)、2000年代半ばにジャンル横断で流行していたバトロワものの一つでもあります。いろいろな角度から語れる名作で、いかにもラノベ史に記録したい作品だと思うんですよね。
火の国、風の国物語
何度でも主張していきたいんですが、ラノベに「最強主人公」「俺TUEEE」を持ち込んだのは、この作品と『鋼殻のレギオス』なんですよ。まあ『大全』には『鋼殻のレギオス』が選ばれているのでいいんですけど。『火風』の主人公の強さは、なんというか、他の強キャラがLv50くらいのなかで一人だけLv99の強さなんですよね。単に強いというだけでなくて「飛び抜けた強さ」になっている。それがすごく新鮮だったわけです。
幽霊列車とこんぺい糖
『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』と並べて語られる富士ミスの百合小説の傑作。近年になって星海社から復刊されました。著者の木ノ歌詠は、のちに「瑞智士記」とペンネームを変えて、『星刻の竜騎士』などのヒットを物したのですが、自分のなかではいまでも「百合の人」というイメージですね。というか2000年代の百合ラノベ群が軽視されてないですか。アサウラは『ベン・トー』だけではなく『バニラ』でも語るべきではないですか。でも扇智史を載せているのは偉いぞ『大全』。
こんなところでしょうか。まあ史観は人それぞれなので、『大全』のチョイスに本気で文句を言うつもりはありません。みんなでそれぞれオールタイム・ベストとかを選んでみるといいのではないでしょうか。


