(以下の記事は、特に神経科学を学んだわけでもない素人の与太話として受け取ってください)
「ドーパミン」って、いまはなんとなく「飽きっぽい」「集中が続かない」みたいなイメージになってますが、本来は「やる気を出す」「集中する」ための神経伝達物質なんですよね。目標が発生する→報酬を期待してドーパミンが出る→やる気が出る→目標を達成する→達成感によりドーパミンが出る→次の目標に向かう意欲が生まれる、みたいな。
TikTokのようなショート動画は「ドパガキ向け」と言われることが多いですが、別にショート動画なんて一つ一つは大して面白くない、めちゃくちゃ興奮するわけでもないわけで、それでも見るのがやめられないのは、「動画を観た」という小さな達成感や、「次はどんな動画が来るだろう」という小さな期待感が、絶え間なくやってきてドーパミンが放出されるからだという話なんでしょう。
つまり、なんか派手なギャンブルとかだけでなく、もっと「作業ゲー」的な、次々にタスクが降ってきて、それを解決するとちょっと大きなことが出来るようになって、さらに繰り返すうちに作業に没頭していって、やめられなくなってしまう、というのも、立派なドーパミン・コンテンツなんじゃないかと思うわけですよ。
といったことを、つらつらと考えていると、「それってなろう系だよなあ」と思うわけです。
なろう系って「チートで無双してスカッと気持ちいい」みたいな見方をされることが多いですが、実際の作品を読んでみるとめちゃくちゃ淡々としていることが多いんですよね。アップダウンの激しいジェットコースターではなく、なだらかな坂をずっと上りつづけていくような「スローペース・ロングスパン」の物語構成だったりする。
特にゲーム転生や内政ものに顕著ですが、「スカッとする」ことに重きを置いたドラマチックな展開ではなく、淡々と敵を倒していく、クエストをこなしていく、レベルアップして新しいスキルを得る、新しいアイテムを得る、また淡々と敵を倒していく、という繰り返しの「作業感」のほうが強い。でもそうやって読んでいくうちにだんだん没頭して読むのがやめられなくなる。こういうところがショート動画に近いんじゃないかと思うんですよね。
これはもちろん「ドーパミン狙いだから良くない」という話ではありません。どんなフィクションでもそれを楽しむという過程のなかではそりゃあ何かしらの脳内物質が働くものでしょう。
たとえばピンチに次ぐピンチをギリギリで切り抜けるようなアクション映画はわかりやすく「アドレナリン」的ですよね。「なろう系はピンチがないからダメだ」などと批判する人がいますが、そういう人はべつに高尚なことを言っているのではなく、「俺はドーパミン系よりアドレナリン系のほうが好きだ」と言っているにすぎないわけです。
思わず泣いてしまうような感動的な物語は「オキシトシン」的と言えるのではないでしょうか。オキシトシンは、人とのふれあいなどで分泌されて、仲間意識とか信頼関係とかを発生させるらしいです。オキシトシンは、読者をキャラクターに共感させ、思わず彼らを応援するように働いているわけです。
こんなふうに物語の類型を脳内物質の働きから考えるというのも面白いかもしれませんね。もちろん実際には、単一の脳内物質によって単一の感情が生まれているわけではなく、さまざまな脳内物質の複合作用によって「面白い」「楽しい」という感情が生まれてくると考えるべきなんでしょうけど。