以前、ライトノベルの「越境」というものが論じられたことがありました。
http://mykaze.sakura.ne.jp/mtblog/archives/2005/10/19-015207.php
http://mykaze.sakura.ne.jp/mtblog/archives/2005/10/24-095536.php
解説本ブームによるライトノベルの「再発見」、ライトノベルのハードカバー化戦略、ハヤカワの「リアル・フィクション」、児童文学(YA)のライトノベル化などなど、まあ例によって定義は曖昧なのですが、総じて「外」へと向かうような動きをまとめて「越境」と呼んでいたわけです。
そうした「越境」作家の代表格、桜庭一樹、冲方丁、有川浩、米澤穂信らは、みなそれぞれに「内」側から飛び出して、いまでは「外」の世界で活躍しています。
ところが、最近の「越境」作家、犬村小六、森田季節、瀬尾つかさ、瑞智士記といった作家たちは、「外」側で活躍する一方、「内」側にもきっちりと重心を残しています。つまり、いわゆる「ライトノベルレーベル」から作品を刊行し続けているのです。
いや、それを言うなら桜庭一樹や冲方丁もしばらくは内外で活動を続けていましたが、それでもいずれ「外」の方に専念するのだろうという匂いがありました。最近の「越境」作家にはそういった匂いが無い…とは言い切れないまでも、薄いように思うのです。
以下、そのあたりについて、ライトノベル業界の現状分析と併せて述べてみたいと思います。
「内」側の動き:レーベル横断的な作家たち
「いまに飽和する」「もう限界」と言われながらも、ライトノベルの膨張は続いています。つい先日にも、最後の大物と言われる「講談社ラノベ文庫」が創刊されましたし、来年のカレンダーを見ても既に新レーベルの創刊がいくつか予定されているようです。
レーベルが増えれば刊行点数も増え、より多くの作家が求められるようになります。そこで、速筆のベテラン作家を他レーベルから引っ張ってくることが多くなってきました。
そうした傭兵作家としては、榊一郎、築地俊彦、日日日、十文字青、杉井光あたりが挙げられるでしょうか。たとえば、杉井光はこれまでに「電撃文庫」「MF文庫J」「GA文庫」「ガガガ文庫」「一迅社文庫」「講談社ラノベ文庫」から、十文字青は「スニーカー文庫」「MF文庫J」「一迅社文庫」「幻狼ファンタジアノベルス」から作品を出しています。
彼らのような作家が増えることで、レーベルの境界は非常に曖昧なものとなっていきました。杉井光ほどではないにしろ、いまや二つ三つのレーベルから作品を出すのは当たり前になっているのです。
複数レーベルで活動するラノベ作家 - Matsuのblog
もうひとつ、電撃文庫の「開国」についても触れておきます。これまで電撃文庫は鎖国的な態度を取っており、他社でデビューした作家をあまり受け入れないような傾向がありました。しかし今年に入ってから近年は、富士見ファンタジア文庫の風見周が『嫁にしろと迫る幼馴染みのために××してみた』を、同じく富士見の師走トオルが『僕と彼女のゲーム戦争』を、さらにガガガ文庫からデビューしていた神崎紫電が『ブラック・ブレット』を、それぞれ刊行しています。これもレーベル横断的な動きの一つと言えるでしょう。
考えてみれば、最近では多くの作家がレーベルの枠を越えてTwitterなどで親交を深めたり、あるいは他社の編集者と繋がっていたりするので、おそらく昔に比べればレーベルを横断するのも楽になっているのでしょう。上述した風見周と師走トオルも、例の「いけぬこ研究会」のメンバーですので、もしかしたら電撃作家である支倉凍砂や杉井光に多少の便宜を図ってもらったのかもしれません。
「外」側の動き:周辺ジャンルのライトノベル化
業界最大手でありながら最も進歩的な電撃文庫の、最新の挑戦がメディアワークス文庫(MW文庫)です。これは電撃文庫のターゲットである中高生よりも上の世代をターゲットにしたレーベルで、「ライトノベルではない」と自ら宣言し、一般文芸の売り場での浸透を狙っているようです。
しかし、MW文庫の作家のほとんどは、実は電撃文庫の作家でもあります。MW文庫からは今年になって『ビブリア古書堂の事件手帖』という大ヒット作が生まれましたが、その作者も長らく電撃文庫で活躍していた人です。また、MW文庫には「メディアワークス文庫賞」という新人賞があるのですが、これは電撃文庫の新人賞である「電撃小説大賞」に投稿されてきた作品の中から選ばれます。なんというか、鷹と鷲の違いみたいなもので、そこに根本的な区別はないのです。
つまるところ、MW文庫は電撃文庫内に作られた「外」側なのでしょう。MW文庫の創刊によって、電撃文庫の作家は環境をほとんど変えないまま「越境」できるようになったのです。
星海社とハヤカワの動向も見逃せません。星海社は元長柾木、虚淵玄、犬村小六、森田季節、唐辺葉介、紅玉いづきなど。ハヤカワは森田季節、長谷敏司、榊一郎、大西科学、木本雅彦、籘真千歳、瀬尾つかさ、瑞智士記など。どちらの出版社も積極的にライトノベル作家から人材を迎え入れています。
何も「越境」は終わったムーブメントではありません。そういう意味で、MW文庫創刊や星海社・ハヤカワの動きは、「越境」の最新の成果と言えるでしょう。
で、
まとめてみるとこういう流れなのではないかと思います。
新たなライトノベルレーベルが次々に創刊され、より多くの作家が求められるようになり、速筆を生かして複数のレーベルで活動をする作家が増えた、そのようなレーベル横断的な活動の延長として、彼らはMW文庫・星海社・ハヤカワなどの周辺ジャンルにも足を伸ばすようになった――
「越境」という言葉に合わせれば「巡業」とでも言いましょうか。
「外」へ「外」へという開拓精神に溢れていたのが「越境」なら、それによって拡大されたライトノベルの領域を広く使って商売して回るのが「巡業」と、そういうイメージです。「行商」のほうがいいですか。まあ、なんでもいいんですけど。