はじめに
ご存知のとおり、現在のラノベ業界は「ラブコメブーム」真っ盛りです。2000年代に起きたものを「第一次ブーム」とすると、今回は「第二次ブーム」ということになるでしょう。まだまだなろう系の勢いも健在という中で、いかにして「ラブコメブーム」が起きたのか、それはいったいどのようなブームなのか、というところを、個人的な史観をまじえて語ってみたいと思います。よろしくお願いします。
前史「第一次ラブコメラノベブーム」
大雑把には、90年代のラノベ業界はファンタジーやSFが強く、1998年の『ブギーポップは笑わない』を画期として現代ものが流行りはじめ、それを受けて2000年代前半に『灼眼のシャナ』[2002年]や『とある魔術の禁書目録』[2004年]といった異能バトルの流行があり、その後に第一次ラブコメブームが到来した、というのがラノベ史の概略となります。
もちろん90年代〜2000年代前半にも、ブギポと同期の『僕の血を吸わないで』[1998年]、ファンタジーラブコメの『まぶらほ』[2001年]、性と青春を描いた『ROOM NO.1301』[2003年]、俺妹に先駆けたオタクラブコメ『乃木坂春香の秘密』[2004年]などのラブコメは存在していました。ファンタジーがいきなり途絶えたとか、それまでラブコメがまったく無かったとか、そういうわけではないのです。すべてはグラデーションです。
ただし、そうしたなかで「ブームの起点」を定めるならば、エロゲ業界の出身でのちに『とらドラ』を大ヒットさせる竹宮ゆゆこの『わたしたちの田村くん』が好評を博し、また第一次ラブコメブームを牽引したMF文庫Jが第1回新人賞にて『かのこん』『クリスマス上等。』を受賞させた、2005年になるのではないかなあ、と思います。
では、2005年以前と以後で何が違ったのでしょうか?
第一次ブーム前後のラブコメ
それ以前のラブコメは『うる星やつら』や『天地無用!』などの影響を受けた「少し不思議なラブコメ」が多かったように思います。物語の中心に何らかの超常要素があり、全体的に「ラブ」よりも「コメディ」要素が強くて、あるいは「バトル」展開なんかも入ってくるようなイメージですね。
しかし2000年代の半ばになると、エロゲブームの影響もあってか、超常要素のない学園ラブコメが増加していきます。『わたしたちの田村くん』はその代表格で、『とらドラ』と比べればマイナー作品ですが、初めて読んだときの「これまでとは出自の違うものが出てきた」感は今でも思い出されます。
忘れてはいけないのは「ツンデレ」の登場です。これもまたエロゲ文化の産物でした。それは単に「ツンデレ」という要素が流行ったというだけでなく、さまざまなキャラクター類型を「萌え属性」として括り、さらにそれを捻って新たな「萌え属性」を作っていく、というムーブメントを生み出したのです。当時のラブコメ作者たちは全く新しい奇妙奇天烈なヒロインをいかに生み出していくかというところに力を注いでいたように思います。
そういうわけで、2000年代の典型的なラブコメというのは、学校の部活や委員会などの狭い関係性のなかで、一人の男主人公に対して、「萌え属性」の異なるヒロインが複数配置され、誰とくっつくかわからないいわゆる「ヒロインレース」状態となり、ヒロインひとりひとりに対して、ちょっと切ないエピソードや、青春っぽいシナリオが繰り広げられる、というようなものだったわけです(あくまでイメージです)(当てはまらない作品もたくさんあります)。
と、ここまで「エロゲ」の影響を強調してきましたが、ちょっと補足すると、よく言われるような「エロゲライターがラノベ業界に流入してラノベがエロゲ化した!」といった言説はやや単純化しすぎではないかと思います。エロゲ出身のラノベ作家を見ていくと、意外に「エロゲっぽいラブコメ」を作っていないわけです*1。
あるいは、アニメ『らきすた』[2007年]の影響を受けて書かれた『生徒会の一存』[2008年]が、「日常系ラノベ」と呼ばれる短編会話劇フォーマットを発明し、のちに『はがない』などのフォロワーを生み出したことなどは、エロゲよりも萌え4コマ漫画の影響が表れた顕著な例と言えるでしょう。
2010年代前半のラブコメ事情
第一次ラブコメラノベブームは『俺妹』[2008年]や『はがない』[2009年]あたりが爛熟期で、2010年代に入ると「なろう系」に取って代わられるかたちで衰退していきました。
ただし、その頃になるとラノベ業界は市場規模も刊行点数も遥かに巨大化していましたから、一口に「ブーム」と言っても2000年代の「異能バトルブーム」や「ラブコメブーム」と、2010年代の「なろう系ブーム」は比べ物にならないくらい後者のほうがデカいですし、「衰退」と言っても2000年代前半とかよりはラブコメの熱量がぜんぜん残っていた、ということは申し添えておかねばなりません。
たとえば2010年代前半のラブコメと言えば『俺ガイル』[2011年]と『冴えカノ』[2012年]の二大作品があり、さらには『エロマンガ先生』[2013年]・『ゲーマーズ』[2015年]・『妹さえいればいい』[2015年]のような、2000年代に実績をつくった人気作家の新作も出ていました。どこが衰退しているんだ、という感じですが、しかしその一方で「なかなか新しいラブコメが出てこない」「新人作家がラブコメで売れるのは難しい」というような空気も確かにあったのです。
ただ、ラブコメのなかでも「青春」要素の強いラブコメは、『俺ガイル』を筆頭に一定の存在感を保っており、特に2000年代後半から2010年代前半にかけてのファミ通文庫の奮闘は強調しておきたいところです。『ココロコネクト』[2010年]・『ヒカルが地球にいたころ……』[2011年]・『ヴァンパイア・サマータイム』[2013年]・『この恋と、この未来。』[2014年]・『近すぎる彼らの、十七歳の遠い関係』[2016年]など、ラノベ史に残る傑作を次々と送り出していました。まあ、いまではすっかりガガガ文庫にお株を奪われてしまいましたが…。
ラノベに先行した「ラブコメ漫画ブーム」
少し目線を変えて漫画業界のほうでは、2010年代に入ってからラブコメ人気に火が付いたように思います(もともと人気のあるジャンルだろと言われたらそうなんですが)。そのきっかけとなったのは『からかい上手の高木さん』[2013年]でしょう。主人公とヒロインのちょっと特殊な関係から繰り広げられる会話劇。そのスマッシュヒットにより、漫画業界では『かぐや様』[2015年]・『古見さん』[2016年]・『長瀞さん』[2017年]・『宇崎ちゃん』[2017年]など、タイトルにヒロインの名を関した「○○さん系ラブコメ」が続出することになりました。
また『長瀞さん』『宇崎ちゃん』がまさにそうですが、PixivやTwitterに数ページの漫画が投稿されてバズり、それが出版社にスカウトされて商業誌デビューする、という事例が増加しました(なろうブームに似てますね)。
そのため、1ページだけで読者をつかめるようなインパクトの強い設定、主人公とヒロインだけで成り立つ1対1の関係性が重視されるようになり、その一方でキャラの多いハーレムものは減って、ヒロインが「萌え属性」で分類されることもほとんど無くなっていきました。上記の作品も2000年代なら確実に「からかいデレ」「サドデレ」「ウザデレ」みたいな呼称がつけられていたでしょう。
「第二次ラブコメラノベブーム」はいつごろから?
というわけで、ようやくの本題、第二次ラブコメラノベブームの話に入っていきます。
第二次ブームの「起点」を求めるならば、個人的には2016年を選びたいですね。
先述したとおり、「人気作家でないとラブコメは厳しい」という空気があったなかで、2016年に『俺を好きなのはお前だけかよ』『弱キャラ友崎くん』『俺が好きなのは妹だけど妹じゃない』など、新人賞作品を中心にいくつかの話題作が登場し、それがラブコメ復活の予兆として感じられたのです。
また同年に、主人公が29歳の社会人というラブコメ『29とJK』が登場しているのも見逃せません。かつてのラノベ業界には「ラノベの対象読者は高校生なのだから主人公も高校生でなければならない」というような無根拠な決めつけがあったのですが、なろう系やライト文芸の登場を経て、「別に主人公の年齢が高くてもよくない?」という空気が生まれたように思います。
次のターニングポイントは2018年、『継母の連れ子が元カノだった』と『ひげを剃る。そして女子高生を拾う。』の刊行でしょうか。そう、カクヨム発ラブコメの登場です。2016年のサービス開始以来、カクヨムは「うちは異世界転生以外でも書籍化するんですよ」というアピールのためか、SFとか現代ものとかをよく書籍化していたのですが、そうした動きのなかから(ライバルの「なろう」に先行して)ラブコメに強みを見せはじめたという感じがします。
そのなかで注目すべき作家としては「九曜」を挙げたいですね。九曜の『佐伯さんと、ひとつ屋根の下』[2017年]や『廻る学園と、先輩と僕』[2018年]は、カクヨムから書籍化された学園ラブコメの最初期の例でありつつ、実は2011年ごろから「小説家になろう」に投稿されていた作品でもあるんですよね。2014年に書籍化された『その女、小悪魔につき――。』とも合わせて、「なろう」における転生などが絡まない現代ラブコメとしては当時トップクラスの人気がありました。2010年代前半の「なろう」から2010年代後半の「カクヨム」までのそのパイオニアとしての功績は強調しておくべきだろうと思います。
そして2019年の『友達の妹が俺にだけウザい』『幼なじみが絶対に負けないラブコメ』『千歳くんはラムネ瓶のなか』のスマッシュヒットが多くの人に「ラブコメブーム」を印象付けたと思います。「起点」に対する「本格化」。2016年がホップ、2018年がステップ、2019年がジャンプ、という感じですかね。
2020年には『お隣の天使様にいつの間にか駄目人間にされていた件』が刊行されます。この作品こそ「なろう」における現代ラブコメのいわば「中興の祖」であり、もちろん「なろう」の中では(異世界転生などに比べれば)傍流ではあるのですが、ここからなろう系ラブコメも続々と書籍化されていった感があります。
といったわけで、「新人賞発ラブコメ」「カクヨム発ラブコメ」「なろう発ラブコメ」といった複数の流れが2010年代後半に合流してできたのが「第二次ラブコメラノベブーム」である、というふうにまとめられるのではないでしょうか。
「第二次ラブコメラノベブーム」の特徴
まず第一に「ラブコメ漫画ブーム」の影響を受けているということは言えると思います。すなわち主人公とヒロインが最初から惹かれ合っていてヒロインレース状態にはならない。どちらかというと甘々でラブラブな作品が多い。つまり「多様な萌え属性を見せるハーレム」よりも「主人公とヒロインの1対1の関係性」に凝った作品が流行っているということです。
具体的なジャンルを挙げると、まずは『29とJK』『ひげを剃る。そして女子高生を拾う。』『ちょっぴり年上でも彼女にしてくれますか?』のような年の差ラブコメですね。第一次ブームでは「ロリヒロイン」の作品もありましたが、それらは年の差を企図するというより、単にヒロインを幼女にしたいというだけでした。対して第二次ブームでは「サラリーマンと女子高生」や「男子高校生と女教師」など設定が多様になっています。さらに主人公が社会人ということで「お仕事もの」の側面が強い作品も出てきました。
もうひとつの流れが、2010年代のラブコメ不遇の時期を耐え忍んで開花した「青春ラブコメ」で、ガガガ文庫の『俺ガイル』→『友崎くん』→『千歳くん』という流れが一つの軸となっています。とは言いつつも、現在のラブコメにはだいたい青春要素というか、恋愛小説的なシリアス要素が含まれている感じもあります。「コメディ要素なんかほとんど無いのにラブコメって何やねん」とはしばしば議論になるところではありますが。
Web発ラブコメでは「マンションの隣の部屋」や「教室の隣の席」といったような設定が多く見られます。「同居もの」も方向性としては同じかもしれません。「お隣さんラブコメ」などと総称されるわけですが、それってラブコメの定番じゃねえの?と思いつつも、第一次ブームでは「複数のヒロインが集まる場所」として謎部活の部室などが選ばれていたことを考えると、なるほど1対1ラブコメだなという感じですよね。それこそ『からかい上手の高木さん』がその類型ですし。
それとWeb発でよく見かけるのは『時々ボソッとロシア語でデレる隣のアーリャさん』[2021年]のような「ツンツンしたヒロインの本心が俺にだけはわかる」とか「クールなヒロインが自分にだけ優しい」みたいな設定ですが、うーん、でもまあこれも昔からの定番だと言われればそのとおりで、ただわざわざ長文タイトルで設定を開陳してしまうことで、実際以上に露骨さを強く感じるっていうのはあるかもしれません。
「幼馴染」という属性は、2000年以前には無敵の強さを誇りつつも、ツンデレブームによりその地位を低下させ、2010年代には「負けヒロイン」の代表格にまで落ちぶれていましたが、第二次ブームではわりと復権している気がしますね。「男友達のように思っていた幼馴染を意識するようになる」とか「オンラインゲームで仲良くなったプレイヤーが実は幼馴染だった」といった設定をよく見かけたり。一方で「幼馴染ざまあ」みたいな屈折したジャンルも生まれていたりしますが。
『継母の連れ子が元カノだった』[2018年]や『カノジョに浮気されていた俺が、小悪魔な後輩に懐かれています』[2019年]に代表されるような「元カノ」という題材もそうですね。「幼馴染ざまあ」ともちょっと共通性を感じるところですが。かつては何となく「主人公は冴えない童貞でなければならない」みたいな決めつけがあったのに対し、「主人公がそこまでモテないわけじゃないので当たり前に元カノもいる」というのは興味深い特徴の一つかなと思います。あるいは主人公が大学生や社会人ならそりゃ元カノの一人や二人はいるだろうという話でもあるかもしれません。
『高2にタイムリープした俺が、当時好きだった先生に告った結果』[2018年]のような人生やりなおし系もちょくちょく見かけますね。「タイムリープ」というよりも「逆行」として捉えると、なろう系の元となった二次創作SSの伝統を引き継いでいるわけで、「ラブコメという題材をなろう系の範囲でアレンジした結果」という感じがします。
あと、これは入間人間とみかみてれんが奮闘しているだけかもしれませんが、「百合」という題材がようやくラノベでも一般化してきた感じがします。いや、もちろん百合ラノベがこれまでに無かったわけでもないんですが、なろう系の流行のなかで多くの「女性主人公の少年向け作品」が出てくるようになって、「ラノベで女主人公は売れない」とか「ラノベで百合は売れない」とかいう無根拠な決めつけが崩れていったのではないかと感じるわけです。無根拠な決めつけがいろいろある業界なんすよラノベ。
最後に『カノジョの妹とキスをした。』[2020年]や『わたし、二番目の彼女でいいから。』[2021年]あたりから盛り上がりを見せている「不純系」「背徳系」と呼ばれるようなジャンルについても触れておきましょう。つまり「浮気」や「修羅場」的な題材を扱った作品群なのですが、「1対1の甘々ラブコメ」が流行っているからこそ、それをメタるために出てきた感じがします。ツンデレのあとにヤンデレが出てきたみたいなものでしょうか。
というわけで
ざっと流れを見てきましたが、基本的には「漫画での流行がラノベに波及した」という捉え方でいいと思っています。ただ、その波及の仕方が単線的ではなく、Web小説コミュニティなどを経由したことで複雑化したというか、ジャンルとしての幅が広がっていったというのが、第二次ブームの特徴ではないだろうかと思います。
とはいえ、1対1ラブコメはわりと出オチになりがちというか、一話が短い漫画でならテンポよく読めても、ラノベで10巻20巻と続くというのはあんまり想像できない感じもするので、今後もブームが続いていくならそのあたりがボトルネックになっていくかもしれません。ハーレムありバトルありのドタバタラブコメみたいなやつもそろそろ読んでみたい気がしますね。