はい、というわけで2010年代のライトノベルを振り返る記事です。
とりあえず
・後知恵で整理された歴史ですよ
・個人の「史観」が入ってますよ
というエクスキューズをしておくのでご了承ください。
では一年ずつ見ていきましょう。
ちなみに「*1」みたいなやつは、だいたい作品の発売年が注記として入っていて、PCならマウスカーソルをあわせるだけで表示されます。スマホは知らん。
2010年
2010年代のライトノベルを語るならば、まず間違いなく「Web小説」と「ライト文芸」がキーワードとなるだろう。奇しくも2000年代最後の年に起きた「ソードアート・オンラインの発売」と「メディアワークス文庫の創刊」という二つのトピックスは予言的だったと言える。
まず、Web小説については『まおゆう魔王勇者』*1から始めるべきか。
2009年9月に始まった2chのスレッド『魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」』が、2010年3月ごろからバズりはじめ、2010年5月にはゲームクリエイターの桝田省治が音頭を取るかたちで書籍化が決定した。
この『まおゆう』の出版が、同作者の『ログ・ホライズン』*2と、その掲載サイトである「小説家になろう」、そして当時の「なろう」累計ランキング一位である『魔法科高校の劣等生』*3に注目が集まるきっかけとなった。
「エヴァSS」から「小説家になろう」までのWeb小説年表 - WINDBIRD::ライトノベルブログ
先行してWeb小説の書籍化を手掛けていた「イースト・プレス」や「アルファポリス」も忘れてはいけないだろう。特にアルファポリスは、それ以前からWeb小説の書籍化を行っていた出版社ではあったが、2010年11月発売の『リセット』から「小説家になろう」作品の刊行を本格化させている。
また、もうひとつのWeb発ムーブメントとして「ボカロ小説」がある。その元祖である『悪ノ娘』は2010年8月に発売されており、そこから『カゲロウデイズ』*4や『告白実行委員会』*5『厨病激発ボーイ』*6などのヒット作が生み出されていくのである。
2011年
2011年、『ログ・ホライズン』*7『魔法科高校の劣等生』*8が発売され、「なろう」への注目度がますます高まっていたときに現れたのが「フェザー文庫」であった。
フェザー文庫は2011年11月に創刊されたレーベルで、「ライトよりも軽いからフェザー」というありがちな発想から名付けられている。発売元は沖縄の観光ガイドなどを出している出版社だったが、そこの編集者がいち早く「なろう」に目をつけてめぼしい作家に声をかけてレーベルを立ち上げたのである。
と聞くと先見の明がある気もするが、その実は自費出版に毛が生えた程度の待遇で、ラノベのノウハウなどもなく作家や絵師とトラブルを起こしまくり、早々に「地雷レーベル」と認定されてしまった。ただ初期の売上はなかなか良好だったらしく、翌年以降に大手出版社が「なろう書籍化」に参入していくきっかけの一つになったのではないかと思う。
2011年3月には『ビブリア古書堂の事件手帖』が刊行を開始している。
いわゆる「ライトミステリ」としては『心霊探偵八雲』*9『万能鑑定士Q』*10『謎解きはディナーのあとで』*11などの先行作が挙げられるが、「ライト文芸」というムーブメントを生み出したのは間違いなくメディアワークス文庫と『ビブリア』の大ヒットだったろう。
「大人向けラノベ」の誕生 - WINDBIRD::ライトノベルブログ
「ライト文芸」「キャラ文芸」「キャラノベ」などの違いについてはこちらの記事を参照のこと。
「ライト文芸/キャラ文芸/キャラノベ」等の定義と呼称の歴史 - WINDBIRD::ライトノベルブログ
さて、2010年代のメインストリームが「Web小説」と「ライト文芸」だったとするなら、フリンジストリーム、隠れたブームは「青春」と「戦記」だったと思う。
この二つのジャンルは、アニメ化を連発するような派手な盛り上がりこそなかったが、2000年代よりも着実に増加してラノベ業界の一角を占めるようになった。それぞれの代表格として『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』*12と『魔弾の王と戦姫』*13を挙げておきたい。
『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』は、2010年代の青春ラノベの代表格であり,このラノで三連覇を果たしたように、かなり特異な人気を得た作品である。ガガガ文庫内においては今でも『弱キャラ友崎くん』*14『千歳くんはラムネ瓶のなか』*15といった青春ものの系譜が続いている。
電撃文庫もまた、鴨志田一の『さくら荘のペットな彼女』*16『青春ブタ野郎』シリーズ*17や、入間人間の『電波女と青春男』*18『安達としまむら』*19などのアニメ化作品を輩出しており印象が強い。
とはいえ青春ラノベの本流といえばファミ通文庫だ。2000年代の桜庭一樹や野村美月の活躍から引き続き、『ココロコネクト』*20『ヒカルが地球にいたころ……』*21『ヴァンパイア・サマータイム』*22『この恋と、この未来。』*23『近すぎる彼らの、十七歳の遠い関係』*24など、ラノベ史に残る傑作を次々に送り出している。
あるいはライト文芸でも青春ものは大きな勢力を持っている。特に『古典部』シリーズ*25をはじめとして『ハルチカ』シリーズ*26や『櫻子さんの足下には死体が埋まっている』*27などが出てきている青春ミステリは、ライト文芸の拡大とともにますます人気を獲得しているように思える。
一方「戦記ファンタジー」も、「いわゆる異世界転生以外でファンタジーをやるなら戦記ものが手堅い」というような扱いで、じわじわと増えていった印象がある。
『魔弾の王と戦姫』あたりから勢いが出始めて『天鏡のアルデラミン』*28『覇剣の皇姫アルティーナ』*29『グランクレスト戦記』*30『我が驍勇にふるえよ天地』*31『天才王子の赤字国家再生術』*32など連綿と人気作が出てきている。
ファンタジーではもう一つ、「魔王勇者もの」の代表格である『はたらく魔王さま!』*33もこの年に発売されている。このジャンルについては「ドラクエ的な勇者と魔王の構図を借りたファンタジーパロディ」と説明できるだろうか。他に『いちばんうしろの大魔王』*34『はぐれ勇者の鬼畜美学』*35『勇者になれなかった俺はしぶしぶ就職を決意しました。』*36などが挙げられる。
2010年代に入ってファンタジーが復興していったなかで、「魔王勇者もの」ブームはその先駆けだったと言えるかもしれない。もちろん、Web小説にも「勇者召喚もの」や「魔王に転生した系」などは多くある。ただ、現在の「なろう系」ではドラクエよりもTRPGやネトゲの影響が強く感じられるし、実のところどれがどのように影響し合ったのかはよくわからない。
2ch発の魔王勇者系SSの隆盛と魔王勇者系ライトノベルの増加は関連しているのか? - WINDBIRD::ライトノベルブログ
ともあれ、2010年代のファンタジーといえば「なろう系」が真っ先に出てくるが、それとは別系統の「戦記もの」や「魔王勇者もの」といったジャンルもきっちり人気があったのだということは述べておきたい。
その他のトピックスとして、KADOKAWAがメディアファクトリーを買収したのがこの年である。ラノベ業界的には「非KADOKAWA系の最右翼」とみなされていたMF文庫JがKADOKAWAの軍門に降ったわけで、なんか私も「ジャンプとマガジンとチャンピオンを持ってる会社がサンデーを買収したようなもんだよ!」とか言って騒いでいた記憶がある。
角川系出版社の統廃合の年表(ラノベ中心) - WINDBIRD::ライトノベルブログ
2012年
この時期のヒット作としては『ノーゲーム・ノーライフ』*37と『冴えない彼女の育てかた』*38が挙げられる。前者は漫画家・イラストレーター、後者は著名エロゲライターが作者ということで、どちらも新人賞出身ではないのが興味深い。このあたりから数年間は「新人賞はオワコン」「新人はWeb小説サイトで探せばいい」とか言われていた時期だった気がする。
『まおゆう魔王勇者』『ログ・ホライズン』をヒットさせたエンターブレインが、Web小説の書籍化に力を入れて『オーバーロード』*39や『ニンジャスレイヤー』*40などを刊行しはじめた時期でもある。
エンターブレインはラノベレーベルの「ファミ通文庫」を保有しているが、Web小説についてはあえて単行本として刊行している。編集者へのインタビューなどを見ると「コレクションアイテムとしての見栄えの良さ」にこだわったということらしい。この頃はまだ「Webで無料公開されているのに書籍が売れるのか?」とか「書籍化したならWeb版は取り下げるべきでは?」とか言われていた時期だったので、装丁にこだわることで付加価値をつけようとしたのだろう。現在では多くの作品が書籍化後もWeb版を取り下げていない。
ちなみに、アルファポリスは「書籍化するときにWeb版を非公開にする(あるいはダイジェスト版に差し替える)」という戦略をとっており、それが後に「なろう」との対立を生むことになったりした。詳しくは以下参照。
小説家になろう - Wikipedia
2012年9月には「ヒーロー文庫」が創刊されている。
この時点では、『SAO』『魔法科』の電撃文庫にしろ、『ログホラ』『オバロ』のエンターブレインにしろ、既にラノベを取り扱っていた出版社がその範疇で出したものであったので、「ラノベを扱っていなかった出版社」による「Web小説専門のラノベレーベル(以下「Web文芸レーベル」と書く)」であるところのヒーロー文庫(とフェザー文庫)の創刊は非常にインパクトがあった。個人的にはこのヒーロー文庫創刊を「なろう(の書籍化)ブーム」の起点とすることが多い。
『珈琲店タレーランの事件簿』*41にも触れておきたい。前年の『ビブリア』に続いて「お店ミステリ」のヒットが続いたことで、そのブームが「点」から「線」になった感がある。こうした動きにより「あやかしカフェのほっこり事件簿」と呼ばれるようなライト文芸の方向性が徐々に定まっていった。
ちなみに2012年は『ソードアート・オンライン』のアニメ第一期が放送された年でもある。2009年の第一巻発売から数えると三年のタイムラグである。
Web小説が原作のライトノベルのWeb版・ラノベ版・アニメ版の開始時期 - WINDBIRD::ライトノベルブログ
2013年
この年には『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』*42『幼女戦記』*43『この素晴らしい世界に祝福を!』*44といったWeb発のヒット作が発売されている。
『ダンまち』がGA文庫、『幼女戦記』がエンターブレインの単行本、『このすば』がスニーカー文庫から書籍化されていることからも分かるように、この時点ではまだ既存のラノベレーベルの力が強い。Web文芸レーベルが猛威を振るうのは翌年以降となる。
また『アクセル・ワールド』『オバロ』『ダンまち』『幼女戦記』あたりは「なろう」ではなく「Arcadia」で連載されていた作品である。この時点での出版社の意識は「Web小説の名作を書籍化していこう!」といった感じであって、後年のような「なろうのランキング上位争奪戦!」みたいなノリではなかったと思われる。
この年に発売された『エロマンガ先生』*45は、のちの『妹さえいればいい。』*46とあわせて「ラノベ作家もの」ひいては「クリエイターもの」の人気を高めた感がある。
そういえば、前年発売の『冴えカノ』は、著者らしく「ゲーム制作」をテーマとしている。ゲーム制作を題材にした作品は他にもいくつか発売されているが、「個性的なメンバーが集まったチーム」としての側面が強調されるので、「作家もの」とは異なる読み味になる印象がある。が、いずれにしても「クリエイターもの」ひいては「お仕事もの」の範疇だろう。
2013年8月「MFブックス」が創刊。創刊ラインナップには『盾の勇者の成り上がり』があり、また当時の「なろう」総合ランキング1位だった『無職転生』*47を年明けすぐに刊行していることも見逃せない。
MFブックスはターゲットを「30代~40代男性」と設定しており、またアルファポリスなどに学んで単価の高い四六判を選択している。文庫とは売り場が変わることで、従来とは異なる読者を開拓することができたものと思われ、ライト文芸とあわせてラノベ市場の拡大に貢献したと言える。
「小説家になろう」の読者層は「10代20代が過半数」! - WINDBIRD::ライトノベルブログ
メディアファクトリーとフロンティアワークスが共同で立ち上げたレーベルだが、企画の提案はフロンティアワークスからだったらしい。同社は「アリアンローズ」「ノクスノベルス」といったWeb文芸レーベルを続けざまに立ち上げたり、「なろう」の公式WEB雑誌「N-Star」の運営を任されたりと、Web小説ブームにおいて精力的に立ち回っている印象だ。
2014年
「GCノベルズ」*48「モンスター文庫」*49「HJノベルス」*50「アース・スターノベル」*51といったWeb文芸レーベルの創刊ラッシュが起きた。すなわち「なろう」ブームの本格化である。
ヒーロー文庫やMFブックスの成功を見た出版社がこぞって参入したかたちだが、いずれも一定の成功を収めたと言っていいだろう。特にGCノベルズは創刊ラインナップの『転生したらスライムだった件』*52がいきなりヒットを飛ばしている。
Web文芸レーベルの特長は、このように「作品を集めやすい」ということだと思われる。従来は、実績ある編集者が過去の担当作家を引っ張ってきたり、「傭兵作家」と呼ばれるようなあちこちのレーベルで書いている作家を集めてくるしかなく、いずれにしても作家とのコネがなければ立ち上げることすら困難で、しかも新人賞が軌道に乗るまでは似たような顔ぶれになりがちだった。
しかしWeb小説であれば、既にまとまった分量があり、一定の読者がついている作品に対して、なんのコネがなくても出版を打診することができる。つまり創刊当初からオリジナル作品を取り揃えたうえで、ハイペースで続編を刊行して、さらには宣伝力不足を補うことまでできるのである。こうした点が、ラノベ出版のノウハウを持っていなかった中小出版社に恩恵を与えたのではないだろうか。
その他、2014年1月に『Re:ゼロから始める異世界生活』が発売されている。メディアファクトリーは前年にMFブックスを立ち上げているのに、『Reゼロ』だけはちゃっかり自レーベルで抱えているのだから面白い。
ライト文芸では、メディアワークス文庫の後追いで「富士見L文庫」が2014年6月に、「新潮文庫nex」が2014年8月に創刊している。富士見L文庫は富士見ファンタジア文庫の姉妹レーベルであり、新潮文庫nexは新潮文庫のサブレーベルであるため、ラノベと一般文芸の双方が歩み寄ったような形である。
これまでのライト文芸は、ラノベと一般文芸の「境界線」だったのが、次第に周辺領域を巻き込んで「緩衝地帯」となり、拡大および多様化していった、といったところか。
ミリオンセラーとなった『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』*53の発売もこの年である。作者の七月隆文は、2002年に電撃文庫からデビューしたベテランだったが、『ぼく明日』のロングヒット、さらに『俺がお嬢様学校に「庶民サンプル」として拉致られた件』*54のアニメ化と、この年から翌年にかけて一気に飛躍している。
タイムスリップ/タイムループ系の青春ものとしては、アニメがヒットした記憶も新しい『青春ブタ野郎』シリーズ』*55や、なぜか実写映画化された『二度めの夏、二度と会えない君』*56などもこの時期に出ており、根強い人気をうかがわせる。
アニメでは『星刻の竜騎士』*57『精霊使いの剣舞』*58が放送されて「石鹸枠」なる蔑称が誕生した。2000年代の異能バトルは「異能者が人目を忍んでこっそり戦う話」が多かったが、2010年代には「異能が当たり前となった世界の学園ファンタジー」がトレンドとなった。「石鹸枠」もそのあたりの流れに含まれるものだろう。
「石鹸枠」とはなんだったのか - WINDBIRD::ライトノベルブログ
その源流としては、「巨大な異能学園」を描いた大ヒット作品『とある魔術の禁書目録』*59、「なろう系」の異世界転生ものにも大きな影響を及ぼした「学園ファンタジー」の記念碑的作品『ゼロの使い魔』*60、「俺TUEEE」「無双」というジャンルが認識されはじめた頃*61の代表的な作品で学園都市を舞台としたバトルファンタジー『鋼殻のレギオス』*62、学園+バトル+萌えラブコメの代表格『IS<インフィニット・ストラトス>』*63、といったあたりが思いつく。
「なろう系」でも学園ファンタジーは人気ジャンルなので、このあたりは相互に影響しあっているのかもしれない。
2015年
この年のヒット作としては『ようこそ実力至上主義の教室へ』*64と『りゅうおうのおしごと!』*65を挙げておきたい。
『よう実』は、テレビアニメはさほど話題にならなかったものの、若い読者から絶大な支持を受けている。また、先行する『ノゲノラ』やその後の『自称Fランクのお兄さまがゲームで評価される学園の頂点に君臨するそうですよ?』*66などとあわせて、MF文庫J内で「頭脳バトル」系の流れを形成しているようだ。
一方で『りゅうおう』は、ライト層とマニア層のどちらからも根強い人気を得て「このラノ」を連覇したあたり、『俺ガイル』と似た支持のされかたという印象がある。題材としては前作の『のうりん!』*67とあわせて「お仕事もの」「業界もの」の側面があるように思う。
Web小説レーベルとしては「カドカワBOOKS」が2015年10月に創刊され、2015年12月に『蜘蛛ですが、なにか?』が刊行されている。モンスター転生ものとしては『転生したらスライムだった件』*68と並ぶ有名作であり、アニメでもヒットが期待される。
ライト文芸では、「集英社オレンジ文庫」が2015年1月に、「講談社タイガ」が2015年10月に創刊されており、このあたりで主要なプレイヤーが出揃った感がある。オレンジ文庫は少女向けラノベの嚆矢である「コバルト文庫」の姉妹レーベルであり、講談社タイガは日本の推理文壇において存在感を発揮してきた「講談社ノベルス」の兄弟レーベルであるが、それぞれ兄姉が活動を弱めているので実質的な後継レーベルになりつつある。
『紅霞後宮物語』*69は「なろう」発の中華ファンタジーだが、富士見L文庫でヒットしたことで、同じく「なろう」発の『薬屋のひとりごと』*70とあわせて、女性向けライト文芸における中華ファンタジー人気を引き上げた感がある(もともと少女向けラノベでは『十二国記』*71『彩雲国物語』*72など中華ファンタジーが人気ではあったが)。
そういえば、女性人気の高さで共通する『本好きの下剋上』*73の発売も、悪役令嬢もので初めてアニメ化される『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』*74の発売もこの年である。
さらには、ライト文芸において『ぼく明日』とならぶ大ヒット作である『君の膵臓をたべたい』*75も発売されている。こちらも「なろう」発である。『キミスイ』によって「なろうはファンタジーだけではない」といった気運が生まれ、青春恋愛ものの書籍化が増加していった。「なろう」の女性向け作品にとっては2015年がターニングポイントになるのかもしれない。
アニメでは『冴えカノ』『ダンまち』『オバロ』などが放送されて人気を博した。これで2012年〜2013年ごろの「既存のラノベレーベルがいちはやく人気のWeb小説を確保した」時期の作品がアニメにまで伝播したことになる。
2016年
2010年代後半の傾向はずばり「ラブコメの復活」である。
前年の『ゲーマーズ!』*76『妹さえいればいい。』*77に引き続き、この2016年には『俺を好きなのはお前だけかよ』*78『弱キャラ友崎くん』*79『29とJK』*80『俺が好きなのは妹だけど妹じゃない』*81『友人キャラは大変ですか?』*82などが好評を博し、ラブコメ復活の前兆として捉えられたりした。
特に『俺を好きなのはお前だけかよ』や『弱キャラ友崎くん』は、なろう作品に押され気味だった新人賞出身の作品としても期待を集めた感がある。とはいえ本格的にラブコメが勢いを取り戻すのは2018年ごろということになるだろう。
アニメでは『この素晴らしい世界に祝福を!』*83と『Re:ゼロから始める異世界生活』*84が相次いでヒットを飛ばした。実はいわゆる「転生チート*85」を扱ったアニメは『このすば』が初めてなので、わりと重要なマイルストーンでもある。
前年放送の『オバロ』『ダンまち』とあわせて、Web発の作品が連続でヒットしたことで、「アニメでもいけるやん!」という空気になった(んじゃないかな)。
その他のトピックスとしては、2016年2月にKADOKAWAの小説投稿サイト「カクヨム」がオープンしたことが挙げられる。前述のアルファポリス・ダイジェスト騒動も2016年である。この頃から各出版社が自前の小説投稿サイトを抱えて積極的に作品発掘にいそしむようになっていった。
「出版社は『なろう』のランキングを上から順に書籍化しているだけ」なんて揶揄されることもあるが、現在の小説投稿サイトは「常設の新人賞」とでもみなすべきで、出版社はそこでさまざまなコンテストを開催したり、作品発掘用の人員を配置したりすることで、次にヒットしそうな作品を掬い上げることに注力しているように感じられる。
たとえばカクヨムは、当初から『横浜駅SF』*86や『ひとりぼっちのソユーズ』*87のようなSF、あるいは『おにぎりスタッバー』*88『佐伯さんと、ひとつ屋根の下』*89『スーパーカブ』*90などの青春もの・青春ラブコメを積極的に書籍化しており、小説投稿サイトとして「なろう」との差別化を図ると同時に、出版社の意識としても「流行っているものを書籍化する」から「自分たちが求めているものを探し出して書籍化する」に変わってきたように思う。
もちろん、この間に「なろう」のほうも随分と様変わりしている。特に2016年のジャンル変更で「異世界転生/転移」が区別された影響が大きいと言われているが、「転生/転移」を伴わない「現地主人公」および「パーティ追放もの」が流行ったり、現代世界にダンジョンが出現する「現代ダンジョンもの」が増えたりしている。
みんないろいろ頑張ってるんだなあ、ということである。
2017年
これ以降は、どの作品もまだ評価が定まっていないこともあり、さらに胡乱な話が多くなるのでよろしく。
『86-エイティシックス-』*91のスマッシュヒットは、新人賞に漂っていた閉塞感を吹き飛ばしたように思う。電撃小説大賞からは翌年も『錆食いビスコ』*92のような話題作が出ており絶好調といった感じだ。
このあたりから「なろう」ブームが落ち着いて、と言っても衰退したというよりは「定着した」「滑空に入った」という感じだが、「次のトレンドは何だろう?」と囁かれるようになった気がする。ラブコメもそうした流れから出てきたものだろう。
「コミカライズ」の増加が取り沙汰されるようになったのもこの頃か。「なろう系の作品が第一巻発売と同時にコミカライズ開始」といった形式も増えた。いわば「Web小説」を原作として「ノベライズ」と「コミカライズ」を同時にこなしているような感覚だろうか。
これはおそらくWeb漫画サイトおよびアプリの増加が関係していて、紙の雑誌なら連載枠に限りがあるところ、Web漫画ならその制限がかなり薄く、むしろ日刊ペースで更新を求められるので弾数が必要とされている、ということがあり、刊行点数が飽和するなかで少しでも新作を目立たせたいラノベレーベルと利害が一致したのだろう。
アニメでは『ナイツ&マジック』*93『異世界食堂』*94『異世界はスマートフォンとともに。』*95などが放送された。これらはいずれもヒーロー文庫やHJノベルスといった「Web文芸レーベル」の作品である。すなわち、ついに「なろう」ブームの波がアニメにまで到達したのである。ばんざーい。
2018年
『高2にタイムリープした俺が、当時好きだった先生に告った結果』*96『ひげを剃る。そして女子高生を拾う。』*97『ちょっぴり年上でも彼女にしてくれますか?』*98などの年の差ラブコメが急増したのが印象的である。
2000年代のラブコメの特徴が「ハーレム」「萌え属性」「部活」だったとすれば、現在のラブコメは「固定カップル」「年の差」「お仕事」といったあたりが特徴になるだろうか。「萌え属性」重視で特徴の強いヒロインたちを次々に増やしていくようなラブコメから、ある状況下における主人公とヒロインの関係性を掘り下げていくようなものへと変化したようなイメージである。
これについては漫画のほうで『からかい上手の高木さん』や『宇崎ちゃんは遊びたい!』のような「○○さん」系ラブコメが流行っていることの影響があるのかもしれない。
2000年代に「年の差ラブコメ」と言えば「ヒロインが小学生」のロリコンものが大半だったが、いま流行っているのは、主人公が高校生/ヒロインが社会人だったり、主人公が社会人/ヒロインが高校生だったりするものである。
これは以前なら「ラノベの主人公は若くないとダメだから」とか「年上ヒロインは売れないから」とか言われていたのが、「なろう系」のおっさん主人公や、ライト文芸の社会人主人公などを経由したことによって、作り手が「慣れた」ことが大きいと思われる。
「お仕事もの」についても同じことが言えると思うが、前述したとおり「お仕事もの」には「クリエイターもの」なども含まれてくるわけで、いわゆる「学園ラブコメ」にとどまらない幅広い物語背景が描かれるようになった結果と言えるだろう。
「なろう」のほうでも、2018年12月に投稿された『お隣の天使様にいつの間にか駄目人間にされていた件』の人気のおかげで、微妙に現代ラブコメが増加していたりするらしい。今後に期待である。
この年はとにかくラノベ絡みの炎上が多かった。『異世界テニス無双』パクリ問題、『山本五十子の決断』プロモツイート問題、『ブギーポップ』キャラデザ問題、『二度目の人生を異世界で』ヘイトスピーチ問題、『境界線上のホライゾン』イラスト問題……いわゆるポリコレ的な問題についてはオタク業界全体に影響を及ぼしそうだ。
2019年
今年のことなのでどうにも語りづらいが。
『友達の妹が俺にだけウザい』*99『幼馴染が絶対に負けないラブコメ』*100『お隣の天使様にいつの間にか駄目人間にされていた件』*101『娘じゃなくて私が好きなの!?』*102と、引き続きラブコメが話題となることが多かったように思う。
それと「スレ発ラノベ」として、いわゆる「やる夫スレ」を翻案した作品が立て続けに刊行されたことが挙げられるか。やる夫スレのラノベ化といえば『ゴブリンスレイヤー』*103という前例があるが、これが新しい潮流になるかは分からない。やる夫スレも、まだ投稿が途絶えているわけではないとは言え、往時の勢いは失われていると思うので、一過性の企画にしかならない気もする。
あとは先日の10大ニュースでも読んでいただければ。
2019年ライトノベル10大ニュース - WINDBIRD::ライトノベルブログ
まとめ
というわけで、この十年間を振り返ってまいりました。だ・である調は解除します。
私は、あくまで少年向けラノベを主戦場としているので、触れられていないところも多いと思います。あらためて、「私はこういうふうに見てきたよ」以上のものではない、ということでよろしくお願いします。
で、こうして振り返って思うのは「十年前のラノベになかった部分をWeb小説が補完してくれた」ということですね。
2000年代には低調だったファンタジーの復活はもちろんのこと、青春ものやラブコメの増加にも影響を与えてくれていますし、「グルメ」とか「歴史」とか「おっさん主人公」とか「女性主人公」とか、これまで「ラノベでは売れない」というレッテルを貼られてきた様々な要素が、小説投稿サイトのなかでその人気を証明して書籍化されているわけです。
文庫のラノベ市場が頭打ちになったことで、一般文芸の売り場なり(=ライト文芸)、単行本の売り場なり(=Web小説)に打って出て、そこでこれまでとは違った作品が生み出されていった、ということで非常にラノベが多様化した十年間だったと思います。
そうして範囲が拡大したぶん、いよいよもってラノベの全体像を把握している人間などいなくなった…という感じもあります。はたして十年後、「2020年代のライトノベルを振り返る」なんて記事は書けるんでしょうか。
*1:2010年12月発売
*2:2011年3月発売
*3:2011年7月発売
*4:2012年5月発売
*5:2014年2月発売
*6:2016年1月発売
*7:2011年3月発売
*8:2011年7月発売
*9:2004年10月発売・2008年に角川へ移籍
*10:2010年4月発売
*11:2010年9月発売
*12:2011年3月発売
*13:2011年4月発売
*14:2016年5月発売
*15:2019年6月発売
*16:2010年1月発売
*17:2014年4月発売
*18:2009年1月発売
*19:2013年3月発売
*20:2010年1月発売
*21:2011年発売
*22:2013年7月発売
*23:2014年発売
*24:2016年4月発売
*25:2001年10月発売
*26:2008年10月発売
*27:2013年2月発売
*28:2012年6月発売
*29:2012年11月発売
*30:2013年8月発売
*31:2016年7月発売
*32:2018年5月発売
*33:2011年2月発売
*34:2008年2月発売
*35:2010年5月発売
*36:2012年1月発売
*37:2012年4月発売
*38:2012年7月発売
*39:2012年7月発売
*40:2012年9月発売
*41:2012年8月発売
*42:2013年1月発売
*43:2013年10月発売
*44:2013年10月発売
*45:2013年12月発売
*46:2015年3月発売
*47:2014年1月発売
*48:2014年5月創刊
*49:2014年7月創刊
*50:2014年11月創刊
*51:2014年12月創刊
*52:2014年5月発売
*53:2014年8月発売
*54:2011年12月発売
*55:2014年4月発売
*56:2015年1月発売
*57:2010年6月発売
*58:2010年12月発売
*59:2004年4月発売
*60:2004年6月発売
*61:俺TUEEEという言葉にまつわる取り留めもない話 - WINDBIRD::ライトノベルブログ
*62:2006年3月発売
*63:2009年5月発売
*64:2015年5月発売
*65:2015年9月発売
*66:2017年4月発売
*67:2011年8月
*68:2014年5月発売
*69:2015年5月発売
*71:1991年9月発売
*72:2003年10月発売
*73:2015年1月発売
*74:2015年8月発売
*75:2015年6月発売
*76:2015年3月発売
*77:2015年3月発売
*78:2016年2月発売
*79:2016年6月発売
*80:2016年6月発売
*81:2016年8月発売
*82:2016年12月発売
*83:2013年10月発売
*84:2014年1月発売
*85:主人公が死んだあと女神などの存在によって異世界に転生させられるテンプレ
*86:2016年12月発売
*87:2017年12月発売
*88:2016年12月発売
*89:2017年2月発売
*90:2017年5月発売
*91:2017年2月発売
*92:2018年3月発売
*93:2013年2月発売
*94:2015年3月発売
*95:2015年5月発売
*96:2018年1月発売
*97:2018年2月発売
*98:2018年5月発売
*99:2019年4月発売
*100:2019年6月発売
*101:2019年6月発売
*102:2019年12月発売
*103:2016年2月発売