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WINDBIRD

ライトノベルネタブログ

中二病作家におけるパピヨン度

book ライトノベル

http://d.hatena.ne.jp/hakuoh/20061015#p2
http://d.hatena.ne.jp/kaien/20061015/p1
http://d.hatena.ne.jp/kim-peace/20061015/p2
このあたりで「パピヨン」なるものが話題になっていて、「パピヨンってなんじゃそりゃ?」と疑問に思いつつも、空鐘最終巻のネタバレが怖くて首を突っ込むこともできず、ひとり悶々としていたのだが。
http://d.hatena.ne.jp/kaien/20061015/p2
id:kaienさんの解説によると、「作者の自己陶酔が深いように見える作品」のことであるらしい。


つまりあれだ。


中二病作家の代表として、西尾維新浅井ラボ平坂読あたりが挙げられると思うのだが、この三人は明確に作風が違うにも拘らず、いままでは中二病作家として括るしかなかった。しかしそこに「パピヨン」の概念を導入すれば、この三者を明確に分けることができるのだ。


パピヨン

浅井ラボ
平坂読
西尾維新

パピヨン


まず西尾維新だが、彼はパピヨン度が低い。『きみとぼくと壊れた世界』とか読んだらわかるけど、濃厚な中二病スメルを醸し出しているにもかかわらず、よく読めば全て計算づくだったりする。


平坂読は、自我を殺しきれていないのか、計算に徹せないところがある。冷静に中二病的描写を積み重ねていくのに、ふとしたところで「書きたかったので思わず書いてしまいましたー!」というような記述があらわれる。


浅井ラボの場合、すさまじい中二病スパイラルのなかに取り込まれてしまっているために、何を書いても中二病臭くなってしまう。計算もしているけど、そうやって計算している自分に陶酔してしまっているような感じ。


いや、あくまで作品を読んだときの感覚ですけどね?
実際はどうだか知りませんよ。作家本人じゃあるまいし。